日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

細胞周期可視化技術Fucciの多様的進展 

論文標題 Genetically Encoded Tools for Optical Dissection of the Mammalian Cell Cycle.
著者 Sakaue-Sawano A, Yo M, Komatsu N, Hiratsuka T, Kogure T, Hoshida T, Goshima N, Matsuda M, Miyoshi H, Miyawaki A
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol Cell. 68: 626-640, 2017
キーワード Cell cycle , Fucci , UV , イメージング

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【はじめに】
 細胞の増殖と分化が絡み合うことで、組織、器官、そして個体が形成される。このように階層的に働く“生命動態システム” において、細胞周期進行はどのような時空間パターンで制御されているのか? この問いに答えるために、著者らは細胞周期をリアルタイムに可視化する蛍光プローブFucci(Fluorescent ubiquitination-based cell cycle indicator)の開発を進めている。Fucci技術の基本原理は、細胞周期エンジンを緻密に制御する“Ubiquitin-mediated proteolysis”である。細胞周期をふくめ多くの細胞内諸現象を制御するE3ユビキチンリガーゼは500種類を超えて存在が明らかとなっている。これらE3ユビキチンリガーゼに対応するdegronを使い分けることで、様々な細胞諸現象を可視化するためのプローブが開発可能である。新規に開発されたFucci(CA)は、従来のFucci(=Fucci(SA))とは異なる細胞周期位相を検出するFucciプローブであり、細胞周期のG1期、S期、G2期を波長(色)で分離することを初めて可能にした。M期における丸みを帯びた形態を同時に観察すれば、G1期、S期、G2期、M期の全細胞周期を識別できる。その特徴から、例えばUVダメージ応答の細胞周期依存性を検出することや、ES細胞の増殖分化の観察に威力を発揮する。Fucci(CA)と従来のFucci(SA)は補完的な関係にあるため、両者を組み合わせて使えば、がん・発生・再生などにおける細胞周期の動態に関してより多角的な理解が得られると期待される。
【原理】
 細胞周期情報を得るための従来の手法([3H]-thymidine, BrdU, EdUなどの利用、薬剤同調培養法など)に対し、近年様々な細胞周期可視化技術が登場してきた。細胞周期に従って挙動が変化するタンパク質に蛍光タンパク質を連結し、その蛍光シグナルの質的・量的変化をモニターするものが多い。そもそも機能可視化プローブには、細胞本来の恒常性を阻害しないように働くことが求められる。しかしプローブの導入は、時として機能タンパク質の過剰状態を作り出す。筆者らは、細胞周期制御に一切の影響を与えない細胞周期プローブの作製および、そのプローブの細胞導入方法にこだわりながらFucci技術の開発を行っている。
 Fucciが検出するのは細胞周期進行に伴うE3ユビキチンリガーゼの動態であり、それを細胞周期位相に置き換えて描出する。従来Fucci(=Fucci(SA))は細胞周期依存的に相互に活性化する2つのE3ユビキチンリガーゼSCFSkp2とAPCCdh1の活性化動態を、それぞれのdegronを利用して蛍光の色変化として描出する。実際には、SCFSkp2のdegronとしてhCdt1(30/120)を赤色蛍光タンパク質に連結し、APCCdh1のdegronとしてhGem(1/110)に緑色蛍光タンパク質を連結することで、生きた状態でG1期にある細胞の核を赤色に、S/G2/M期にある細胞の核を緑色に、G1/S遷移期の細胞の核を黄色にハイライトしている。Fucci(SA)では、imaging 条件によって、細胞分裂直後のearlyG1に蓄積し始める赤色蛍光の取得が困難であるという欠点がある。一方、新規のFucci(CA)はCUL4Ddb1とAPCCdh1の活性化動態を、それぞれのdegronを利用して蛍光の色変化として描出する。赤色蛍光タンパク質に、CUL4Ddb1のdegronであるhCdt1(1/100)Cy(-)を連結することで、G1期の細胞の核を赤色に、S期の細胞の核を緑色に、G2/M期の細胞の核を黄色にハイライトする。M期からG1期にかけて赤色蛍光が消失することはなく、この点においてFucci(SA)の欠点を克服している。またFucci(SCA)の構成要素であるhCdt1(1/100)は、SCFSkp2とCUL4Ddb1両者のdegronとなることを利用して、G1期の細胞の核を赤色に、S/G2/M期にある細胞の核を緑色に分離よくハイライトする。
【プローブの分解/蓄積速度の定量比較】
 Fucci(SA)2およびFucci(CA)2を安定発現するHeLa細胞株のタイムラプスイメージングデータについて、ホームメイドの自動細胞追尾システムおよび数値解析アルゴリズムを適用し、それぞれのFucciプローブの分解/蓄積速度の定量解析を行ったところ、Fucci(CA)2は、Fucci(SA)2に比べG1/S遷移における赤色蛍光プローブの分解速度が8倍以上早くなっており、この遷移を高い時間分解能で追跡できることがわかった。CUL4Ddb1によるユビキチン化を介したタンパク分解がSCFSkp2によるユビキチン化を介したタンパク分解に比べ、速度にして約8倍強力である事が示されたことになる。G1期、S期、G2期、M期の全細胞周期を高い時間分解能で識別するには、Fucci(CA)が適している。また、G1/S遷移期は、細胞が休止期(G1)から増殖期へと進行するにあたり、様々な運命制御が行われる時期である。これらを解析する場合には、Fucci(SA)の利用が有効である。Fucciのdegronを、Cell-cycle Tag として用いる試みも行われている。細胞周期依存性に機能タンパク質の分解/蓄積を制御するには、Fucci(SCA)の貢献が期待される。
【UV-Cダメージ応答の細胞周期依存性を検出する】
 HeLa/Fucci(CA)2細胞がUV照射を受けた際の細胞周期情報を得るために、筆者らはtime-lapse imaging を継続したままUV照射を実行する実験系を構築した。0.2, 0.8, 2.4, 8, 24, 80, 240 J/m2 それぞれのUV照射に対して2日間以上の細胞動態を追跡することで、 2.4 J/m2 までは、一部S期遅延などを経過しつつも通常の細胞周期に復帰すること、しかし8 J/m2 を超えると、細胞の応答は急激に変化し、強いS期停止および、細胞核の巨大化がおこること、24 J/m2 を超えると、照射後2日以内に細胞死に至る集団が出現すること、80 J/m2 以上では、数時間のうちにUV照射時の細胞周期状態非依存性に多くの細胞が細胞死にいたること、などが明らかとなった。24 J/m2照射サンプルについて詳細に解析すると、細胞死に向かうきっかけはUV照射を受けた際、その細胞が居た細胞周期と相関があることが確認された。実際には、S期の状態でUV照射を受けると、多くが細胞死に向かう。また、UV照射に応答したH2A.Xの免疫染色像を観察することで、S期に居た細胞が特にダメージを強く検知することが分かった。HeLa細胞においては、紫外線(UV-C)に対する感受性がS期に最も高い事が明らかとなった。今後は、紫外線に限らず各種放射線や抗がん剤などの薬剤の影響について、細胞周期情報と絡めて細胞種依存的な応答性の解析を進める為に、種々のFucci(CA)安定発現細胞株を整備していく必要がある。
【マウス胚性幹細胞(mESC)の各細胞周期滞在時間を計測する】
 未分化性を維持した胚性幹細胞は、細胞周期1周が10~12時間程度で分裂を繰り返し、G1期が非常に短い事が周知である。従来のFucci(SA)ではG1期を検出しづらいという報告がされていた。Fucci(CA)は、細胞分裂直後からG1期を赤色蛍光で標識できるため、極端に短いG1期を含めて、各細胞周期滞在時間を確実に検出できる事が期待されることより、マウス胚性幹細胞(mESC)の各細胞周期滞在時間の計測を行った。ここでは蛍光タンパク質のmCherryとAmCyanで構成されるFucci(CA)2.1を安定発現するmESCを用いた。mVenusを使って、他の現象を同時に検出する実験を計画できる。また、長時間のタイムラプス実験系における培養および、イメージング手法についてmESCの未分化性を保ちつつ細胞周期の観察を可能とする条件を確立した。mESCの各細胞周期滞在時間を計測し平均値を求めたところ、未分化性を維持したmESCの細胞周期は1サイクルが11時間程度であり、G1期はわずか1時間程度であることが確認できた。Fucci(CA)により、細胞周期一連を連続して標識できることより、3次元空間におけるmESCの個々の細胞の完全追跡が可能となった。
【おわりに】
 Fucci技術は哺乳類動物を扱うあらゆる生命科学分野で応用が可能である。様々な場面で“細胞の増殖と分化(運命決定)との間にある協調制御”に関する我々の理解を深めてくれる。がん、発生・再生研究だけでなく、動物脳における神経新生の検出、あるいは宇宙空間における細胞増殖分化の観察などにも適用が予定されている。筆者らはFucciに別の細胞機能プローブを組み合わせる事で解析の多角化を図り、同時にシミュレーションを試みながら、生命動態システムをより包括的に理解することを目指している。