日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

照射をうけた腫瘍細胞および組織において、Integrinα6β4-Src-AKTシグナル経路はアポトーシスを抑制し細胞老化を誘導する。

論文標題 Integrin alpha6 beta4-Src-AKT signaling induces cellular senescence by counteracting apoptosis in irradiated tumor cells and tissues
著者 Jung SH, Lee M, Park HA, Lee HC, Kang D, Hwang HJ, Park C, Yu DM, Jung YR, Hong MN, Kim YN, Park HJ, Ko YG, Lee JS
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Death Differ. 26:245–259, 2019
キーワード 細胞老化 , アポトーシス , インテグリン , p53 , p21

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【背景】 
 細胞老化は不可逆的な細胞増殖停止を指し、様々な内因性・外因性ストレスにより引き起こされる。近年様々な研究が行われ、細胞老化は放射線照射による腫瘍の退縮においても重要な役割を担うことが明らかにされている。その一方で、老化細胞は老化関連分泌形質 (SASP)を獲得し、炎症性サイトカインを分泌することでがん細胞の転移・浸潤能の亢進や慢性炎症の一因となるため、老化細胞の除去は今後のがん治療における課題の1つでもある。
 細胞老化の誘導は主にp53またはp16-pRb経路で制御される。DNA損傷応答により活性化されるp53はp21発現を通じて、cyclin-dependent-kinase (CDK)活性を阻害することにより細胞周期の停止を引き起こす。同時に、DNA損傷応答によるp53の活性化はアポトーシス促進因子を多く誘導するが、現在のところ、DNA損傷応答により活性化するp53がアポトーシスと細胞老化とをスイッチングしている正確なメカニズムは明らかではない。
 本論文では、細胞接着因子であるインテグリンの膜受容体としての機能に着目し、脂質ラフトにおけるインテグリンが放射線による細胞老化に与える影響を検討した。その結果、放射線照射後のIntegrin α6β4 - Src - AKTシグナル経路の活性化がアポトーシス誘導を抑制し、細胞老化を誘導する上で極めて重要であることを報告しているので、これを紹介する。
(※以降本文中に登場する細胞老化は全て放射線により誘導されたものである。)

【脂質ラフト形成は放射線による細胞老化に重要である】
 ヒト肺腺がん細胞A549細胞に放射線照射を行うとp53, p21発現量が増加し、細胞老化が誘導される。同時に、放射線照射は脂質ラフト形成を促し、コレステロール量の増加および膜流動性の低下を引き起こした。脂質ラフト形成が細胞老化に与える影響を検討するため、コレステロール除去剤MβCD処理を行なったところ、MβCD処理はp53, PUMA発現には影響しなかったが、p21を減少させc-PARPを増加させた。これに一致して、MβCD処理は細胞老化を減少させ、アポトーシスを増加させた。これらの結果から脂質ラフト形成は照射による細胞老化の誘導に重要であることが示唆された。

【脂質ラフト形成はインテグリンβ4経路を活性化する】
 次に、照射による細胞老化誘導に関わる分子を特定するため、老化細胞においてリン酸化抗体アレイを行った。その結果、433のリン酸化タンパク質発現に変動があり、そのうち同一シグナル経路であるインテグリンβ4, Src, AKTのリン酸化の亢進が観察された。そこで、膜受容体であるインテグリンβ4活性化に対する脂質ラフトの寄与を検討したところ、脂質ラフトにおいてインテグリンβ4のリン酸化が観察されるとともに、インテグリンα6とのヘテロダイマー形成ならびにSrcのリクルートが観察された。また、MβCD処理はインテグリンβ4のリン酸化およびインテグリンα6とのヘテロダイマー形成を抑制した。加えて、オレイン酸処理による膜流動化はインテグリンβ4リン酸化、p21発現ならびに細胞老化を低減させた。これらの結果から、Integrin α6β4-Src-AKTシグナル経路はコレステロール量ならびに膜流動性によって制御され、放射線による細胞老化誘導に寄与することが明らかとなった。

【Integrin α6β4 - Src - AKTシグナル経路が細胞老化とアポトーシスのスイッチングに寄与する】
 最後に、Integrin α6β4 - Src - AKTシグナル経路が細胞老化またはアポトーシス誘導をどのように制御しているのかについて検討した。これらのシグナル経路に対するRNAi干渉および阻害剤の処理は、放射線照射後のp53, PUMA発現を変化させない一方で、p21発現を減少させ、c-PARP発現を増加させた。これに一致して、照射後の細胞老化は減少し、アポトーシスが増加した。このとき、Z-VAD-FMKによるカスパーゼ阻害は照射後のp21発現を回復し、再びアポトーシスから細胞老化を誘導した。この結果から、Integrin α6β4-Src-AKT経路はカスパーゼ活性を抑制することで細胞老化誘導に貢献することが明らかとなった。また、Integrin α6β4 - Src - AKTシグナル経路はin vivoでのマウス移植腫瘍モデルにおいても細胞老化誘導に重要であるという結果が得られた。
 以上の結果をまとめると、in vitroおよびin vivoにおいて、p53が活性化する条件下では、Integrinα6β4-Src-AKTシグナル経路の阻害が照射後の細胞運命を細胞老化からアポトーシスにスイッチングすることを明らかにした。

【まとめ】 
放射線照射による老化誘導にIntegrin α6β4が寄与するという本知見から、インテグリンが放射線療法の有用な標的ならびにバイオマーカーとなりうることが示唆された。さらに、細胞膜の脂質ラフト形成・コレステロール量・膜流動性が細胞老化誘導に寄与することは、細胞外微小環境の影響を考慮する上で興味深い知見である。
 また、本論文では、Integrin α6β4-Src-AKT経路がアポトーシスと細胞老化を決定する上で重要な役割を担うことを明らかにしている。今後、細胞老化かアポトーシスかを選択するp53を通じたスイッチング機構の更なる解明が治療後の老化細胞の除去方法の確立、ひいてはガン治療後の副作用の低減や転移ガンの抑制等につながることが期待される。