日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

低酸素状態によるDNA複製ストレス発生によるATM活性化の制御

論文標題 Replication Stress and Chromatin Context Link ATM Activation to a Role in DNA Replication
著者 Olcina MM, Foskolou IP, Anbalagan S, Senra JM, Pires IM, Jiang Y, Ryan AJ, Hammond EM
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Molecular Cell 52, 758-766, 2013
キーワード ATM , 低酸素 , 複製ストレス , ヒストンH3メチル化 , ATR

► 論文リンク

 毛細血管拡張性運動失調症(A-T)の原因遺伝子の産物、ATMキナーゼは放射線暴露などでDNA二重鎖切断(DSB)損傷が発生すると、MRE11/RAD50/NBS1複合体と結合してDSB発生部位にリクルートされて活性化し、様々な基質をリン酸化して細胞周期チェックポイントを制御する。また、過酸化水素処理などで酸化ストレスが発生すると、不活性型ATM二量体内でジスルフィド結合により構造転換して活性化することも知られている。一方で、0.1% O2のような低酸素下では6時間程度の短時間処理でATMがMRE11/RAD50/NBS1に依存せずに活性化することが報告されていたが、そのメカニズムは明らかでなかった。
 今回紹介する論文では、ATMの活性化は低酸素状態でも2%のマイルドな条件では誘導されず、0.1%まで低下させたとき、ATMの自己リン酸化、ATM基質であるKAP1, CHK2などのリン酸化は誘導されることを最初に示した。このような0.1%低酸素条件ではDNA複製フォークの進行が著しく低下し、そのようなS期細胞でのみATM経路の活性化が起こることを見いだした。この時、ATRキナーゼでリン酸化されるCHK1, RPA32のリン酸化も誘導されたことからも、複製フォークのストールが起こっていることが示唆された。しかし、0.1%低酸素濃度下でもコメットアッセイでtailは見られず、γH2AXも核全体に広がってフォーカスを形成しないことから、DNA損傷を蓄積によってATMが活性化したのではないことが示唆された。一方、0.1%低酸素時にKU55933でATM活性を阻害すると細胞の生存率が著しく低下し、この時53BP1のフォーカスが増加し、そのフォーカスはDNA複製期の細胞でのみ観察された。さらにこの状態では複製フォークの進行が阻害剤未処理と比べ著しく低下する一方、新たな複製の開始点は増加していた。これらの結果からATMは低酸素時に複製フォークの進行を制御することにより、ストールしたフォーク部分がDNA損傷に転換するのを防止して、低酸素下の細胞の生存に寄与していると考えられる。

 以前から低酸素状態では様々なヒストン修飾の変化が報告されており、検討を行うと低酸素状態でヒストンH3のLys9でのトリメチル化(H3K9me3)が顕著に増加しており、このメチル化と相互作用するHP1βのクロマチン蓄積も増加していた。しかし、このH3K9me3の増加はS期だけでなく、細胞周期すべてで認められた。H3K9のトリメチル化を担う酵素Suv39h1/2のノックアウトマウス由来MEFは低酸素処理を行ってもATMの自己リン酸化は誘導されず、ATM活性化にはSuv39h1/2によるH3K9のトリメチル化が重要であると示唆されるが、ATMが活性化されない2%酸素濃度でもトリメチル化は上昇することから、H3K9me3の上昇だけではATM活性化に十分でないと考えられる。H3K9me3とHP1βの相互作用はクロマチンリモデリングを介して転写制御に寄与しているので、ATMの活性に関与する因子の転写を検討すると、ATMの脱リン酸化酵素であるPP2A-Cの発現がSuv39h1/2により抑制的に制御されており、低酸素処理で発現が低下した。このように低酸素に依存したSuv39h1/2によるH3K9のトリメチル化はPP2A-Cの発現低下を介して、ATM活性を増強していると考えられる。
 2%低酸素状態ではH3K9me3は増加するが、複製フォークのストール(複製ストレス)は起こらず、ATMの活性化も誘導されないことから、2%酸素状態でも複製ストレスを上昇させれば、ATMが活性化する可能性が示唆される。6時間程度の短時間hydoroxyurea処理では通常複製ストレスによるATMの活性化が見られないが、2%低酸素状態と同時処理を行うと、複製ストレスによるRPAフォーカス形成が見られるとともにATM, KAP, p53のリン酸化が誘導された。しかし、この時コメットアッセイでtailは確認されず、DNA損傷の蓄積はないと示唆された。活性型Rasの強制発現は複製ストレスを誘導することが知られているので、活性型Ras導入細胞で2%低酸素処理を行うとATMの自己リン酸化が認められた。以上から、低酸素状態では複製ストレス発生とH3K9me3増加が相互に作用してATMを活性化し、ストールした複製フォークの安定化に機能すると考えられる。さらに、発がんの初期過程でDNA損傷の蓄積に先んじて、このような低酸素におけるATM活性化経路の活性化が起こり、その後DNA損傷の蓄積も相まって、ATMに依存した細胞周期チェックポイント機構を不活化していくことにより、癌化が進行していくことも考えられ、ATMチェックポイントと発がんとの関係をさらに明らかにしていく上で重要な報告であると思われる。