日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

PTENはNHEJ 1/ XLFのエピジェネティックな発現調節によって非相同末端結合を制御する

論文標題 PTEN Regulates Nonhomologous End Joining By Epigenetic Induction of NHEJ1/XLF
著者 Sulkowski L, Scanlon E, Oeck S, Glazer M
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol Cancer Res. 16(8):1241-1254, 2018
キーワード NHEJ , PTEN , XLF , PCAF , CBP

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【はじめに】
 DNA二本鎖切断(DSB)は最も有害なDNA損傷であり、DSBの大部分(最大90%)は、非相同末端結合NHEJ)によって修復される。NHEJは細胞周期の全ての段階で機能しており、相同組換えによる修復を行うことができないG0およびG1におけるDSB修復はNHEJに専ら依存しているので、この経路の調節は最も重要である。コアNHEJ成分の異常な発現は劇的な細胞表現型を付与する。XRCC4-like factor (XLF、別名NHEJ1、Cernunnos)はコアNHEJ成分の一つである。タンパク質脱リン酸化酵素PTENは、細胞膜で発癌性のプロテインキナーゼB(Akt)およびPI3Kシグナル伝達に拮抗する重要な腫瘍抑制因子である。PTENは、15%のヒト黒色腫、40%の黒色腫細胞株、67%の子宮癌腫、49%の前立腺癌腫、および38%の神経膠芽腫において欠失や変異などの異常を起こしていることが報告されている。
 筆者らがメラノーマに対する新たな標的療法を開発することを目指して様々な実験をしたところ、PTENとNHEJの間に重要な関連性があったことが発見され、これがDSB修復の理解に有益であると考えたので紹介したい。

【患者由来のメラノーマではNHEJ欠損とPTEN欠損が関連している】
 メラノーマは伝統的に放射線抵抗性の癌であるが、最近、患者由来のメラノーマ培養細胞の放射線感受性には違いがあることが明らかになっている。筆者らはこの感受性の違いがNHEJ経路の効率を調節する新しいメカニズムを反映していると考えた。そこで、患者由来のメラノーマ培養細胞および既存のメラノーマ細胞株のNHEJ活性を調べた。また、公開されているこれらの細胞の全エクソーム配列および遺伝子発現データを解析した結果、PTEN状態とNHEJ活性との間に強い相関が見られた。

【PTENはNHEJ活性を制御する】
 そこで、筆者らはPTENをノックダウン後のNHEJ機能に与える影響を調べた。NHEJレポーター基質を染色体上に組み込んだU2OS細胞(骨肉腫由来)において、siRNAを用いてPTENをノックダウンすると、末端結合活性の低下が見られた。また、コメット法でDSBを定量したところ、PTENノックダウン細胞では5Gy照射後6時間経過した時点でのテールモーメント(DSBの量の指標)の増加が見られた。DSBの量は対照細胞にNU7441(DNA―PK阻害剤)を添加した場合と同等で、PTENノックダウン細胞にNU7441を加えてもそれ以上DSB量が増えることはなかった。これらのことから、PTENはDNA-PKと同一のDSB修復経路に関わると考えられた。PTENノックダウン細胞では放射線感受性の上昇も見られた。
 一方、PTENを欠損するメラノーマ細胞(YUGEN8、YUROL)にPTEN遺伝子を導入すると、NHEJ効率、放射線によるDSB修復機能 (γH2AXフォーカスおよびコメット法による評価)、放射線照射後の生存率の上昇が認められた。

【PTENはXLFの発現調節を介してNHEJを制御する】
 次に、筆者らはPTENがNHEJを促進するメカニズムを明らかにするために、遺伝子発現解析を行った。エール大学のメラノーマコホート(40種類)でのマイクロアレイ解析データを解析した結果、PTENとXLFの発現に高い相関が認められた。パターンが最も近いことがわかった。また、公開されているTCGA(Cancer Genome Atlas Network)のRNAシーケンスデータを解析したところPTENのコピー数低下に伴いXLFのmRNAのレベルの低下が認められた。このような傾向は黒色腫のみならず、グリオーマ、前立腺癌、子宮癌などでも見られた。
 PTENを欠損するメラノーマ細胞(YUGEN8、YUROL)にPTEN遺伝子を導入すると、XLFのmRNAとタンパクの発現量が著しく上昇した。逆に、PTENをノックダウンすると、XLFのmRNAとタンパク量が減少した。
 さらに、PTEN欠損メラノーマ細胞にXLFを強制発現させると、PTEN遺伝子を導入した場合とほぼ同じレベルまでNHEJ活性やDSB修復能が上昇した。また、PTEN野生型細胞でXLFをノックダウンするとPTENをノックダウンした場合と同じ程度にNHEJ活性が低下した。
 以上のことから、PTENはXLFのmRNAの転写を促進することによって、NHEJ活性を高めると考えられた。

【PTENはヒストンアセチル化酵素PCAFとCBPをXLFプロモーターにリクルートする】
 PTENがどのようにしてXLFのmRNAの転写を促進するかを明らかにするために、XLFプロモーターにルシフェラーゼ遺伝子を接続し、ルシフェラーゼ酵素活性を測定した。PTEN欠損メラノーマ細胞にPTENを導入するとXLFプロモーターからの転写が増加した。次に、XLFプロモーターのいろいろな部分を欠失させたところ、転写開始点から25〜68bp上流の範囲がPTENによる制御の標的であることが明らかになった。クロマチン免疫沈降法による解析の結果、PTENによってヒストンH3のリジン9(H3K6)とリジン27(H3K27)のアセチル化が促進されることが分かった。また、XLFのプロモーターに転写のコアクチベーターであるヒストンアセチル化酵素PCAF、CBPの結合がPTENによって増加することが分かった。さらに、PTEN自身もXLFプロモーターへの結合が見られた。免疫沈降実験により、PTENとPCAF、CBPが結合することが明らかになった。
 以上のことから、PTENはXLFプロモーターへのPCAF、CBPの結合を促すと考えられた。

【PTEN のK128のアセチル化がXLFの発現誘導を介したNHEJの促進に必要である】
 これまでの研究において、PCAFがPTENのリジン128(K128)をアセチル化することが示されている。そこで、XLFの転写促進におけるPTEN K128のアセチル化の役割を明らかにするために、K128をアルギニンに置換してアセチル化を受けないようにした変異体(K128R)の機能を解析した。PTEN欠損細胞YUGEN8にPTEN K128R変異体を導入すると、正常PTENの場合に見られたXLFのmRNAとタンパク質の発現上昇およびNHEJ活性の回復が見られなかった。また、XLFプロモーターへのPCAF、CBPの結合、H3K6、H3K27のアセチル化の増加も見られなかった。さらに、放射線照射後の生存率の上昇も認められなかった。これらのことから、PTENによるXLFの発現調節とNHEJの制御にはK128におけるアセチル化が必要であることが明らかになった。
 一方で、タンパク質脱リン酸化活性を欠損するC124S変異体およびG129E変異体をPTEN欠損細胞に導入した場合は、正常PTENを導入した場合と同様のXLFのmRNAとタンパク質の発現の上昇、NHEJ活性の回復、XLFプロモーターへのPCAF、CBPの結合、H3K6、H3K27のアセチル化の増加、放射線照射後の生存率の上昇が認められた。このことから、PTENによるXLFの発現調節とNHEJの制御にはタンパク質脱リン酸化機能は必要ではないと考えられた。

【最後に】
 本研究は、様々な検証を通して、PTENのDNA修復における新たな機能を示し、その物理的相互作用にはPCAFおよびCBPを介して行われていることを示した。またそれは、PTENの脱リン酸化活性によるものでなく、K128のアセチル化による制御であることを示した。これらの結果から筆者らは、ヒトメラノーマにおけるNHEJ欠乏症の潜在的バイオマーカーとしてのPTEN喪失を強調しているとした。メラノーマ治療のための合成致死戦略のための基礎を提供しうる結果であり、今後のさらなる研究に期待したい。