生物学的被ばく線量評価の検証におけるヒト化マウスモデルシステムの利用
論文標題 | Use of a Humanized Mouse Model System in the Validation of Human Radiation Biodosimetry Standards. |
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著者 | Pujol-Canadell M, Young E, Smilenov L. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiat Res. 191(5):439-446, 2019 |
キーワード | バイオドシメトリー , 二動原体染色体 , ヒト化マウスモデル |
緊急被ばく医療における細胞遺伝学的線量評価において、二動原体染色体(Dic)法は長年ゴールドスタンダードとして用いられている。しかし、本手法では、ex vivo照射ヒト末梢血を用いて作成した検量線(dose-response curve)に基づきin vivo被ばくの線量が推定される。本稿では、細胞遺伝学的線量評価における長年の疑問を解決する興味深い知見を紹介したい。
【序論】
放射線被ばく後の吸収線量の決定は臨床的に非常に重要であり、被ばくした個人の治療及びトリアージに必要な情報を提供する。生物学的線量測評価は、物理学的線量が不明な場合に有効な手段となる。現在、生物学的線量評価法の中で最も正確なのは、末梢血T細胞中における二動原体染色体(Dic)頻度に基づく推定法であり、その頻度は吸収された放射線量に相関する。Dic法は国際的に信頼された方法であるが、in vivoでのヒトの放射線被ばくを評価するときに使用される線量反応曲線(標準曲線)が、実際にはin vitro(ex vivo)研究から得られたデータに基づいているという問題が潜在する。そのため、報告された線量にはかなりの食い違いがある可能性がある。照射後、in vivoにおけるT細胞の死亡頻度はin vitro照射後に測定されたものよりはるかに高い。実際、全身被ばく患者では、線量依存的に顕著なリンパ球の減少が認められる。対照的に、培養T細胞の照射サンプルにおける生存率はより高く、in vitroでのT細胞生存率の線量依存性は有意に減少している。
これらの観察に基づいて、著者らは、同じサンプルのin vivo照射と比較した場合、in vitro照射後に過大なDic頻度を導き、生体被ばく量の過小評価につながる可能性があると考えた。この仮説を検証するために、著者らは、in vivo及びin vitroで照射されたヒトT細胞における細胞動態及びDic頻度の直接比較を可能にするヒト化マウスモデルを用い、1) 放射線誘発性Dic形成のin vivoモデルとしてのヒト化マウスモデルの有用性の検証、2) ex vivo照射により得られたDic頻度による推定線量の妥当性の検証を行った。
【材料及び方法】
6〜8週齢のメス免疫不全NOD.Cg-Prkdcscid Il2rgtm1Wjl/SzJ (NSG)マウスに2.0Gyのγ線を照射後、20万個のヒト臍帯血由来CD34+細胞を尾静脈より移植し、ヒト化マウスを作製した。16週間後にヒト血球抗原(CD45、CD3、CD19、CD11b)及びマウスCD45抗原をフローサイトメトリーで測定し、ヒト細胞移植を評価した。In vivo照射実験ではヒト化マウスに、in vitro照射実験では健常ボランティアより提供された末梢血またはマウスより採取した血液にX線を照射した。
【主な結果】
・DNA損傷修復の比較
0.5及び1GyのX線を照射したマウス及びヒトボランティアから得られたヒトT細胞におけるγ-H2AXフォーカスは同様の分布パターンを示したことから、ヒト化マウス由来のヒト細胞のDNA損傷修復能力が、ヒトドナーから単離されたヒト細胞と類似していることが示唆される。
・In vivo及びex vivo照射後のT細胞の減少
Ex vivoで照射されたヒトドナーの血液中のT細胞数を測定し、照射24時間後にex vivo及びin vivoの両方で照射されたヒト化マウスの血中T細胞数と比較した。ヒト化マウスのin vivo照射群では、線量依存的ヒトT細胞の減少が観察された。一方、ヒトドナー由来T 細胞とヒト化マウス由来T細胞のex vivo照射後の血球数の変化は非常に類似しており、in vitroで照射された試料中の細胞数の減少率は低く、アポトーシスの誘導頻度において、線量依存性は低かった。これらの結果から、in vivoでは照射後、線量依存的にT細胞数が減少するが、in vitroではT細胞の減少は抑制され、in vivoとin vitroの細胞生存率が顕著に異なることが確認された。
・Dic頻度の比較
In vivoで照射されたヒト化マウス、ex vivoで照射されたヒト化マウス、及びex vivoで照射されたヒトドナー血液由来T細胞のDic解析の結果、全てにおいて線量依存的にDic頻度が増加した。ヒト化マウス及びヒト血液試料由来の偽照射検体中の分析された1,000個の細胞から1個のDicのみが検出された。注目すべきことに、いずれの線量でもin vivo及びex vivoで照射された試料間で、Dic頻度に統計的な有意差は認められなかった。
【まとめ】
ヒト血液T細胞におけるDic頻度を基にした被ばく線量の推定は、ヒトの生物学的線量測定におけるゴールドスタンダードと考えられている。しかしながら、経時的に、in vivo及びex vivo照射後の放射線誘発T細胞死における顕著な違いが報告されており、細胞数の差はin vitro照射後に不適切に膨張したDic頻度を導き得る。そのようなex vivoデータがin vivoデータの参照として使用される場合、これはin vivo被ばく線量の過小評価をもたらし得る。In vivoモデルが最適であるのは疑いのないことであるが、生物種により放射線感受性は大きく異なり、様々な評価項目で評価された反応の信頼性が劣る可能性があるため、実験マウスモデルはこの点で最適なモデルとは言い難い。そのため、著者らはヒト造血系幹細胞が移植されたヒト化マウスモデルを用いて線量評価に潜在する課題の検証を行った。
ヒトドナー及びヒト化マウス由来のT細胞のDNA損傷フォーカスの比較では、γ-H2AXフォーカス数及び分布に統計的な有意差が認められなかった。一方、照射後のT細胞数の減少はin vivo照射においてのみ線量依存的な血球数の有意な減少が認められ、被ばく後の細胞の生存率の差がDic頻度に影響を及ぼし得ると予測した。しかしながら、ex vivoで照射されたヒト化マウス由来ヒト細胞、ヒトドナー由来細胞及びin vivoで照射されたヒト化マウス由来ヒト細胞ではDic頻度に統計学的な有意差は見られなかった。これらの結果は、少なくとも照射後24時間の時点で、ヒトの生物学的線量評価のためにex vivo照射により作成した線量反応曲線を用いてin vivoの線量評価を行うことの妥当性を支持する。著者らは、ヒト化マウスが放射線誘発Dic生成のための良いモデルとして役立つと結論づけた。