日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

薬剤―ナノダイヤモンド複合体の腫瘍選択的取込は膵臓癌の治療成績を増加する

論文標題 Tumor selective uptake of drug-nanodiamond complexes improves therapeutic outcome
著者 Madamsetty VS, Sharma A, Toma M. Samaniego S. Gallud A. Wang E. Pal K. Mukhopadhyay D. Fadeel B.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nanomed Nanotech Bio. Med. 18: 112-121, 2019
キーワード DDS , ナノダイヤモンド , Pancreatic ductal adenocarcinoma

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【背景】
膵管腺癌(PDAC)あるいは膵臓がんはアメリカ合衆国におけるがん関連死第四位の主要要因であり、患者はがんが進行した状態、かつ予後不良となる場合が大半である。通常、これらの治療にはゲムシタビン単独あるいはゲムシタビンとナパクリキセルの併用療法が用いられるが、どちらもその効果は限定的である。また、転移性PDACの治療にはイリノテカン、5-フルオロウラシル、オキサリプラチン、およびロイコボリンを混合したFOLFIRINOXの利用が増えているが、副作用が問題となる場合も多い。近年、ナノ粒子を用いたドラックデリバリーシステム(DDS)の有用性が示唆されているが、適切に設計されたキャリアは様々な障壁を突破し腫瘍部位に到達することで、腫瘍細胞に抗がん剤やDNA、RNAなどを運搬するが、これには高度なキャリア設計および腫瘍生物学的知見が必要となる。
ナノダイヤモンド(ND)は化学的に不活性なコアを持ち、表面電荷の特徴から新たなDDSキャリアとしてとしての可能性を示唆されている。NDをキャリアとするDDSは薬剤乖離が緩やかなため、腫瘍部位において持続的に薬剤を放出することも知られている。
しかし、PDAC治療に向けたNDの応用はこれまでにあまり検討されていないため、著者らはNDをポリエチレングリコール(PEG)で表面修飾し、さらに抗癌剤の一種であるドキソルビシン(DOX)を修飾した、PDAC治療のためのDDSの構築を行い(ND-PEG-DOX)、in vitro、 in vivoにおいてその効果の検証を行った。

【結果と考察】
まず、著者らはNDの毒性について、ヒト白血病細胞株PLB-985細胞を用いた培養系で検討を行った。その結果、高用量NDを培地に添加した場合に毒性が確認されたが、培地にFBSを添加することでその毒性が軽減されることが示された。これはPBSやMEMなど塩が存在する環境下では、ND同士が凝集し毒性が表れるのに対し、FBSを添加することにより、NDの表面がFBSで修飾され、NDの凝集が低減されたためであると考えられる。続いて著者らは、ND-PEG-DOX からのDOXの薬剤徐放のpH依存性についての検討を行った。その結果、ND周囲のpHが低下することにより徐放が促進されることが示された。腫瘍細胞へのND-PEG-DOXの取込はEPR (Enhanced Permeability and Retention)効果(腫瘍周囲の新生血管は不完全であり、血管内皮細胞の間に隙間が存在するため、高分子薬剤が血管壁を抜けて組織中へと透過、蓄積する効果)による腫瘍部位への蓄積と、それに続く腫瘍細胞のエンドサイトーシスによるものであり、エンドサイトーシスで取り込まれた物質はリソソーム(pH4.7)に移行する。低pH領域での特異的な薬剤解離速度の上昇は、血中でのDOX徐放を最小限に留め腫瘍細胞への薬剤効果を高めるため、毒性を抑えた効果的な治療に繋がる可能性がある。続いて、ヒト膵臓癌由来細胞株PANC-1細胞と筆者らが樹立したヒト膵臓癌初代培養細胞株6741細胞を用いてDOXとND-PEG-DOXの培養細胞への取込についての検討を行った。その結果、DOXよりもND-PEG-DOXは細胞に多く取り込まれ、かつ毒性が低いことが示された。これはDOXが疎水性で親水的な細胞膜表面と結合しにくいのに対して、PEGが親水的であることが大きく寄与していると考えられる。さらにPEGは正電荷をもつため、負電荷を持つ細胞膜と正電相互作用により結合しやすくなる効果もある。著者らは、in vivoでの実験に移る前に6741細胞、PANC-1細胞を三次元培養したスフェロイドを用いたND-PEG-DOXの取込とその効果についても検討を行っている。その結果、DOX単独よりもND-PEG-DOXとして培養液に投与した方が、DOX量換算でスフェロイドへの取込量が増加することが示唆された。
 次に著者らは、6741細胞の移植モデルを用いたin vivo実験を行い、DOX、ND-PEG-DOXの体内動態と抗腫瘍効果を検討した。静脈注射(i.v.)により血管内に投与されたDOX、ND-PEG-DOXは投与6時間後には腫瘍を含めた全身に分布が確認されたが、ND-PEG-DOXでは投与24および48時間後において腫瘍特異的な蓄積が観察された。投与48時間後に主要臓器を摘出しin vivo イメージングシステム(IVIS)で観察した場合でもND-PEG-DOXの腫瘍特異的な蓄積が確認された。また、PANK-1細胞の移植モデルを用いて腫瘍重量、腫瘍体積、Ki-67陽性細胞の割合を指標に抗腫瘍効果の評価を行ったところ、いずれの場合もND-PEG-DOXはDOX単独よりも高い効果を示した。DOX単独投与よりもND-PEG-DOXは腫瘍への蓄積時間が長いことに加えて、NDはROSを介して血管壁の漏出性を増加させることが知られている(1)。NDの特徴による腫瘍部位への効率的な取込と代謝の遅さは腫瘍部位への薬剤送達を増加させ、さらに腫瘍部位での滞留時間を増加させることで高い抗腫瘍効果を発揮していると考えらえる。

【まとめ】
 本研究では、NDの特徴的な性質を利用したPDACをターゲットとしたDDS開発を目指した。化学的な安定性により毒性の低さ、pH依存的な徐放速度の変化などの物理化学的特徴を利用し、表面の負電荷を利用した細胞内への効率的な取込、さらに粒子径を任意に選択できる点、かつ代謝速度が遅く腫瘍部位から排出されにくい性質は効率的なEPR効果を発揮している。今後、本稿で利用されたNDの特徴をさらに利用していくことで、ナノメディシンによる治療への発展が期待される。

 また、NDはDDSキャリアとして利用される一方、量子ナノセンサーとしても着目されている。ナノダイヤモンド量子センサーは、粒子周囲の温度、pHなどの計測が可能である。ナノサイズという特徴を生かし、これまで観察することができなかった細胞・組織内の物理・化学的微小環境を計測することで、腫瘍内微小環境や発がんメカニズム、放射線影響による細胞内環境変化の解明につながることが期待される。

【参考文献】
1. Setyawati M.I., Mochalin V.N., Leong D.T. Tuning endothelial permeability with functionalized nanodiamonds. ACS Nano 10, 1170-81, 2016.