スウェーデン血管腫コホートの乳がんにおける放射線が誘発するゲノム不安定性
論文標題 | Radiation-induced genomic instability in breast carcinomas of the Swedish hemangioma cohort |
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著者 | Biermann J, Langen B, Nemes S, Holmberg E, Parris TZ, Werner Rönnerman E, Engqvist H, Kovács A, Helou K, Karlsson P |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Genes Chromosomes Cancer. 58(9): 627-635, 2019 |
キーワード | スウェーデン , 血管腫 , 放射線治療 , 乳がん , ゲノム不安定性 |
【まとめ】
血管腫をラジウム 226 で治療した患者で構成されるスウェーデン血管腫コホートでは、乳がんを発症するリスクの増加がこれまでに示されてきた。本研究では、OncoScan CNV Plus Assay システムによって、このコホート由来の乳がん 31 症例のゲノムの変化を解析した。その結果、高線量被ばく群では、低線量被ばく群よりも、ゲノムのコピー数変化の割合などが上昇し、ゲノム不安定性が増加していることが示された。
【背景と目的】
血管腫 (hemangioma) は、一般的には「赤あざ」として知られる血管の病気で、血管が拡張したり増殖したりすることによって発症する良性腫瘍である。スウェーデンの血管腫コホートは、1920 年から 1965 年の間に、1.5 歳未満で血管腫のためにカプセル化されたラジウム 226 針によって放射線治療を受けた女性患者 17,200 名で構成される。乳腺は若い年齢で放射線被ばくに対する感受性が非常に高いことが知られているので、放射線誘発乳がんを調べるための調査がこのコホートでこれまでに行われてきた。2009 年 12 月までに 877 名の乳がん症例 (5%) が報告され、乳房の推定平均吸収線量は0.18 Gy、吸収線量中央値は 0.04 Gy であった。そして、50 歳における過剰相対リスクは0.48/ Gy、そして、過剰絶対リスクは 10.4/(104 PYR Gy)であった。
スウェーデンの血管腫コホートに関する以前の研究から、発がんの初期段階での放射線誘発ゲノム不安定性をともなう「2段階クローン拡大モデル」が、このコホートにおける放射線関連乳がんの発生をうまく説明できることが示された。しかし、このモデルは疫学的データに基づいて構築されており、生物学的なエビデンスは含まれていなかった。そこで、本研究では、Affymetrix 社 (現在、ThermoFisher 社) の OncoScan CNV Plus Assay を使用して、このコホート由来の 31 症例の原発性乳がんのゲノムの変化を解析し、放射線被ばくとゲノム不安定性の関連を調べた。
【対象と方法】
スウェーデン血管腫コホートの 46 症例のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 乳がん組織試料からゲノムDNAを抽出した。 その中から、十分な濃度が得られた 36 症例の DNA を解析に使用した。本研究では、乳房の被ばくした吸収線量が 100 mGy 未満の患者を「低線量群」、そして、100 mGy 以上を「高線量群」として定義した。また、組織マイクロアレイを準備して、エストロゲン受容体 (ER)、プロゲステロン受容体 (PR)、 HER2、および Ki-67 の免疫組織化学染色によってサブタイプ (luminal A 型, luminal B 型, luminal B 型 HER2 増幅, HER2 増幅, トリプルネガティブ) を決定した。
OncoScan CNV Plus Assay は、SNP検出のために設計された特別なプローブ「Molecular Inversion Probe (分子反転プローブ)」を利用するアレイシステムである (1)。このシステムはゲノム上の厳選された SNP によって対立遺伝子を認識することで、コピー数の変化から生じる対立遺伝子の不均衡に関する情報を得ることができる。その結果、このシステムと各種解析用プログラムを利用することによって DNAコピー数の変化 (copy number alteration, CNA)、ヘテロ接合性の消失 (loss of heterozygosity, LOH)、chromothripsis-like pattern (CTLP, chromothripsis については補足を参照)、体細胞変異などのゲノムの変化を解析することが可能となる。得られたデータのクオリティーチェックの結果、5 症例のデータは除かれたので、本研究では残った 31 症例のデータを解析した。
【主な結果】
1) 高線量被ばく群の乳がんで観察されたゲノム不安定性
解析したすべての腫瘍で、CNA に関与する染色体、染色体アーム、および/または染色体領域があり、腫瘍あたり平均 17.23 本の染色体が影響を受けていた。低線量被ばく群 (14 症例) と比較して、高線量被ばく群 (17 症例) の染色体2q、4、17、21q、22q における CN 増加、そして、6q における CN 減少が統計的に有意な領域として特定された。さらに、高線量被ばく群は、その他のゲノム不安定性を示す指標とあわせて、かなりの割合のゲノム領域が変化していることが示された。
2) CTLP 領域の発生の増加
CTLP 領域は 29% (9/31) の症例で観察された。この結果は、乳がんに関する他の研究で観察された0- 21% の CTLP よりも増加している。そして、CTLP 領域の 3 分の 1 は、CTLP のホットスポットである 11 番染色体上で検出された。 しかしながら、CTLP領域の発生の増加と吸収線量との関連は観察されなかった。
3) PIK3CA および TP53 遺伝子の体細胞変異
OncoScan の体細胞変異パネルによって、9 つの遺伝子 (BRAF、EGFR、IDH1、IDH2、KRAS、NRAS、PIK3CA、PTEN、TP53)の 74 箇所の変異を調べた。その結果、PIK3CAで 6 個、TP53で 4 個の計 10 個のミスセンス変異が 8 症例で検出されたが、吸収線量との関連は観察されなかった。
【考察】
本研究によって、スウェーデン血管腫コホートの乳がんにおける放射線被ばくに関連するゲノム不安定性の生物学的エビデンスが提示された。放射線によるゲノム不安定性の誘導に関しては、論文のイントロダクションの中で、これまでの知見が述べられていたが、著者たちは考察の中で、(吸収線量との関連はなかったが) CTLPの発生の増加は、小核形成と類似した経路によって起こっている可能性を述べている。
本研究の中であった制限として、解析した症例数が少なかったことや、OncoScanアレイの低解像度があげられていた。また、ゲノム不安定性の代表的な表現型の一つとして、マイクロサテライトシーケンスにおける繰り返し配列数が増減することが知られているが、OncoScanではこのマイクロサテライトシーケンスの変化を検出することができない。一方で、DNA シーケンシングなどのより情報量が得られる解析に関しては、本コホート由来のFFPE 乳がん組織試料の DNA の状態が良くないために難しいことが書かれていた。解析方法や解析機器の更なる進歩によって、ゲノム不安定性を高解像度・高感度で解析できるようになることが期待される。
最後に個人的な感想になるが、本文中では記載されなかった (Table中の記載だけで、症例数も少ないが) 免疫組織化学染色によるサブタイプと放射線被ばくとの関連がなかった結果にも注目したい。この結果と、遺伝子変異と放射線被ばくとの関連が観察されなかった結果を考慮すると、「放射線関連乳がん発生の分子機序の中で、遺伝子のコピー数変化やゲノム不安定性が最も影響を与える生物現象なのか?」という問いが生まれてくる。
【参考文献】
1. Jung, HS, Lefferts, J.A. Tsongalis, G.J. Utilization of the oncoscan microarray assay in cancer diagnostics, Appl Cancer Res, 37: 1, Article number 1, 2017.
【補足】
Chromothripsis (クロモスリプシス) : 2011 年に報告された、細胞内の 1 つもしくは少数の染色体において、大規模なゲノムの崩壊と再構成が 1 度のイベントとしておこる現象。