日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ドミナントネガティブ53BP1に融合したCRISPR-Cas9はCas9標的部位特異的にHDRを促進およびNHEJを阻害する

論文標題 CRISPR-Cas9 fusion to dominant-negative 53BP1 enhances HDR and inhibits NHEJ specifically at Cas9 target sites
著者 Jayavaradhan R, Pillis DM, Goodman M, Zhang F, Zhang Y, Andreassen PR, Malik P
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Commun. 10:  2866, 2019
キーワード CRISPR-Cas9 Systems , Genetic engineering , Biotechnology , Recombinational DNA Repair , DNA End-Joining Repair

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【はじめに】
 CRISPR-Cas9はゲノムの特定部位にDNA二本鎖切断 (Double Strand Break: DSB) を誘導し、相同性依存修復 (Homology-Dependent Repair: HDR) による組換え反応を利用して、目的配列を特定部位に導入する技術である。しかしながら、Cas9によるDSB誘導後の修復反応は、HDRよりも優位に働く非相同末端結合 (Non-Homologous End-Joining: NHEJ) の修復経路が競合し、HDR効率を低下させている。今回紹介する論文では、主に放射線科学分野で明らかにされてきたDSBの修復経路選択メカニズムを利用してCas9誘導性DSB特異的にHDR効率を促進させるシステムを開発したことを報告している。

【背景】
 CRISPR-Cas9システムにおけるHDR効率向上のためにNHEJの因子を阻害する戦略が提案されている。しかしながら、NHEJのグローバルかつ永続的な阻害は免疫不全、幹細胞性の喪失、老化、およびがんを引き起こす可能性がある。そこで、著者らは、NHEJ修復がCas9によって生成されたDSBのみで特異的に阻害された場合、ゲノムの完全性を損なうことなくHDR効率が向上し、細胞の恒常性と臨床安全性が促進されると予想した。
 NHEJとHDRの修復経路選択には53BP1 (tumor suppressor p53-binding protein 1) が重要な因子になる。53BP1は初期のNHEJの因子であり、DSB部位におけるDNA末端切除やBRCA1リクルートを阻害することでHDRを制限する。53BP1はMinimal focus formation region (FFR) を介してDSB部位のヒストンに特異的に結合する。FFRにはOligomerization domain (OD)、Glycine-arginine rich (GAR) モチーフ、Tudor domain、そしてUbiquitin-dependent recruitment (UDR) モチーフが含まれる。N末端およびC末端にはRIF1-PTIPやEXPANDのようなNHEJの重要な因子のリクルートを担うBRCTリピートがある。

【結果】
・HDR効率を上昇させる53BP1フラグメントの作成
 著者らは、Cas9によって生成されたDSBのみで特異的にNHEJの阻害を行うために、NHEJ因子のリクルートができない53BP1をCas9に融合させることを考案した。そこで初めに53BP1をCas9に融合させるために、BRCTリピートを持たない複数の53BP1フラグメントをコードするベクターを作成した。いくつかの53BP1フラグメントのうち、FFRを含む1231から1644番の53BP1フラグメント (DN1S) が核内に局在化し、内因性の53BP1と競合することを確認した。DN1Sの発現は、RIF-1のDSB部位へのリクルートの減少、およびHDR因子であるBRCA1のリクルートを有意に増加させた。以上の結果からDN1SはNHEJタンパク質のDSB部位へのリクルートを減少させてHDRタンパク質のリクルートを促進させるドミナントネガティブ53BP1タンパク質として働くことが明らかになった。

・Cas9-DN1Sはグローバルではなく局所的なDSBでのNHEJを阻害する
 Cas9誘導性のDSBのみに対するNHEJを阻害するために、Cas9とDN1S (Cas9-DN1S) を融合させた。次に、Cas9-DN1SがgRNAを介して標的遺伝子座にリクルートされるのかを調べるために、ヌクレアーゼ活性を持たないdCas9とDN1S、HAタグを融合した。セントロメアに多くの繰り返しがあるCENPBボックスに対するgRNAを導入して免疫蛍光染色を行ったところ、CENPB抗体を用いて可視化されたセントロメアとdCas9およびdCas9-DN1Sが共局在することが確認された。さらに、CRISPR-Cas9-DN1SがグローバルなNHEJに影響しないことを確認するために、NHEJレポーター細胞を用いてNHEJ頻度を調べたところ、DN1S単独発現細胞でNHEJ頻度がコントロール細胞よりも有意に減少するのに対し、Cas9-DN1S発現細胞のNHEJ頻度はコントロール細胞と同等であった。加えて、ヒト造血細胞株において、Cas9単独発現細胞と比較してDN1S単独発現細胞で増加した細胞死の割合が、Cas9-DN1S発現細胞ではCas9単独発現細胞と同等であることが確認された。これらの結果から、Cas9-DN1Sは標的遺伝子座に局在化し、局所的なNHEJを阻害することでHDR効率を上昇させることが可能であり、細胞毒性が低いことが明らかになった。

・LAD患者由来Bリンパ球へのCD18挿入
 著者らは臨床への応用が可能かどうかを評価するために、白血球接着不全 (Leukocyte Adhesion Deficiency: LAD) 患者由来の不死化Bリンパ球の遺伝的な治療を試みた。LADは、CD18の低発現による細胞膜のCD18インテグリンβ鎖の欠如をもたらし、細菌を殺すための白血球の接着能力が不完全になり、感染のリスク増加を引き起こす。そこで、著者らはLAD患者由来B細胞のAAVS1遺伝子座にCD18を組み込むことを試みた。SaCas9*1と比較して、SaCas9-DN1SはCD18発現B細胞(HDRがおきた細胞)を23 %から45 %に増加させ、NHEJ修復を30 %から7 %に減少させたことがフローサイトメトリーとTIDE assayによってわかった。さらに、両アレルでHDRがおこる頻度がSaCas9で約5 %であったのに対してSaCas9-DN1Sでは約23 %に増加することがCD18の発現量から判明した。以上の結果は、NHEJを抑制し、HDRを促進するSaCas9-DN1Sは臨床応用が可能なことを示唆している。

【まとめ】
 遺伝子編集の効率を改善するためには、HDRを促進しながらNHEJを抑制する必要があるが、NHEJのグローバルな抑制は造血細胞に対して毒性があることが知られている。このことを解決するために、著者らはNHEJ因子をリクルートすることができないDN1Sドミナントネガティブ53BP1をCas9に融合させ、Cas9-DN1Sを作成した。Cas9-DN1Sは標的遺伝子座のみでNHEJを抑制し、HDRを促進させた。今回、著者らは、低い細胞毒性で正確な遺伝子編集効率の向上を達成したCRISPER-Cas9-DN1Sシステムを開発し、遺伝子治療への臨床応用の可能性があることを報告した。
*1: Staphylococcus aureus由来Cas9