PCK1による代謝リプログラミングは肝臓がん細胞のTCAカタプレローシス、酸化ストレスならびにアポトーシスを促進し、肝細胞がんを抑制する
論文標題 | Metabolic reprogramming by PCK1 promotes TCA cataplerosis, oxidative stress and apoptosis in liver cancer cells and suppresses hepatocellular carcinoma |
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著者 | Liu MX, Jin L, Sun SJ, Liu P, Feng X, Cheng ZL, Liu WR, Guan KL, Shi YH, Yuan HX, Xiong Y |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Oncogene, 37(12): 1637-1653, 2018 |
キーワード | 肝臓がん , 糖新生 , PCK1 , アポトーシス , TCA回路 |
【はじめに】
がん細胞では、好気的な条件下にあってもエネルギー産生をミトコンドリアではなく、解糖系に依存するいわゆるワールブルグ効果という現象が起こっていることが知られている。そのため、がん研究では糖を分解する経路である解糖系に注目されているが、近年では糖を合成する糖新生に関連する酵素が腫瘍形成に関与していることが明らかになってきた。
Phosphoenolpyruvate carboxykinase 1 (PCK1)は糖新生においてオキサロ酢酸をホスホエノールピルビン酸に変換する酵素である。肝臓はグルコースを他の器官に供給する役割を担っているため、糖新生が活発に行われているが、肝臓がんにおけるPCK1の役割や機能については不明である。そこで筆者らは、肝臓がんにおけるPCK1の発現やその機能について明らかにすることを目的とした。
【肝臓がん患者ではPCK1発現が低下している】
肝臓がんにおけるPCK1発現の臨床的所見との関連性を明らかにするために、ヒトのプライマリーの肝臓がんおよびその周辺の正常な肝臓組織におけるPCK1発現の評価を行った。免疫組織化学染色、ウエスタンブロットならびにmRNAレベルの評価から、肝臓がん組織では正常な肝臓組織よりもPCK1の発現が低下していたことが示された。また、肝臓がん組織においてPCK1が高発現であると、肝臓がん患者の予後不良に繋がっていることも明らかになった。
【PCK1は低グルコース条件下において肝臓がんの細胞死を促進する】
肝臓がんにおけるPCK1の機能を明らかにするために、PCK1を安定発現させたヒト肝臓がん由来SK-Hep-1細胞を作成した。通常条件下 (25 mMグルコース)ではコントロール細胞およびPCK1発現細胞の間で細胞増殖に有意な差は見られなかった。一般的に、グルコース濃度は正常組織よりも腫瘍組織で低いため、低グルコース条件 (0.1 mM)で細胞を培養したところ、PCK1を発現させた細胞においてアポトーシスが促進した。
【PCK1は低グルコース肝臓がん細胞においてエネルギーの枯渇や酸化ストレスを誘導する】
次に筆者らは、PCK1発現によるアポトーシス促進のメカニズムについて調べた。PCK1はTCA回路の中間体であるオキサロ酢酸をホスホエノールピルビン酸へと変換する酵素であるため、エネルギー産生やTCA回路の維持に関与している。低グルコース条件下のPCK1発現細胞ではエネルギー欠乏に関連するタンパク質であるAMPKα1、acetyl-CoA carboxylase (ACC)ならびにc-Junのリン酸化の上昇が見られた。さらに、細胞内ATPレベルも減少していたことから、グルコース欠乏肝臓がん細胞におけるPCK1発現の上昇は、エネルギー枯渇に関連した酸化ストレスを引き起こすことが示唆された。
また、PCK1発現細胞ではペントースリン酸経路の中間体であるリボース5リン酸が減少していたことから、PCK1の発現はペントースリン酸経路を抑制することが示唆された。ペントースリン酸経路は酸化ストレスに対するNADPHの主な産生源であることから、酸化ストレスが増加しているのではないかと筆者らは考え、ROSの測定を行ったところ、PCK1発現グルコース欠乏細胞では上昇していた。さらにGSH/GSSH比はPCK1発現細胞で有意に低かったことから、PCK1の上昇が酸化ストレスを誘導することが示唆された。
【TCA回路中間体の補充およびROS阻害はPCK1発現によって生じる細胞死を抑制する】
PCK1発現によって誘導された細胞死とROS産生の上昇との関連を明らかにするために、ROSスカベンジャーであるNACを細胞に処理した。その結果、低グルコース条件におけるPCK1発現細胞の細胞死を有意に抑制した。また、PCK1はTCA回路の中間体であるクエン酸、フマル酸ならびにリンゴ酸量を減少させたため、同じくTCA回路中間体であるα-ケトグルタル酸を細胞に添加したところ、PCK1発現細胞のROS産生および細胞死が抑制された。このことから、酸化ストレスやTCA回路中間体の欠乏を防ぐことでアポトーシスが抑制されることが示された。
【PCK1はin vivoにおける肝臓腫瘍を抑制する】
最後に筆者らは、肝臓がんモデルマウスを使用して、PCK1の機能的役割を調べた。PCK1をコードするプラスミドをハイドロダイナミック法によって遺伝子導入したマウスの肝臓では、腫瘍の数およびサイズがコントロールマウスと比較して減少していた。さらに、H&E染色や免疫染色の結果から、PCK1導入マウスの肝臓の腫瘍は高い侵襲性があることが示された。以上のことから、PCK1は マウスの肝臓の腫瘍形成を抑制し、腫瘍の悪性度も低下させることが示唆された。
【おわりに】
筆者らの研究より、グルコース欠乏肝臓がん細胞における強制的なPCK1の発現は、ROSレベルの上昇やエネルギー枯渇を誘導し、アポトーシスを引き起こすことが明らかになった。さらにPCK1の強制発現によって肝臓がんモデルマウスにおける腫瘍成長が抑制されたことから、PCK1は肝臓がん細胞に対して抑制的な役割を持つことが示唆された。一方で、これまでの研究において大腸、肺ならびに皮膚をはじめとした臓器のがんではPCKの発現が上昇しており、この発現上昇が腫瘍成長を促進することが報告されている。このことから、糖新生組織と非糖新生組織でPCK1を始めとした糖新生に関与する酵素は異なった役割があることが示唆された。筆者らの研究から、PCK1発現の誘導が肝臓がん患者のための有望な治療法として利用できる可能性があることが示された。肝臓は放射線抵抗性が比較的高い組織であり、放射線による肝機能障害が生じる可能性もあるため、肝臓がんに対する放射線治療はそれ程行われていない。本論文で明らかになったPCK1の腫瘍抑制効果に対する放射線照射の影響についても明らかにすることが出来れば、肝臓がんの放射線治療の発展にも繋がるのではないかと考える。