日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

FLASH放射線治療法のブタ皮膚への影響と、ネコのがん治療効果

論文標題 The Advantage of FLASH Radiotherapy Confirmed in Mini-pig and Cat-cancer Patients.
著者 Vozenin MC, De Fornel P, Petersson K, Favaudon V, Jaccard M, Germond JF, Petit B, Burki M, Ferrand G, Patin D, Bouchaab H, Ozsahin M, Bochud F, Bailat C, Devauchelle P, Bourhis J
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Clin Cancer Res. 25, 35-42, 2019
キーワード FLASH(高線量率超短時間照射) , 長期的影響 , ブタの皮膚 , ネコのがん , 皮膚症状

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【背景】
 “FLASH”とは、その名の通り一瞬で高線量率(40-100 Gy/s以上)を照射することで比較的正常組織を保ったまま、がん細胞を選択的に殺傷するような放射線治療を指す。この現象自体は1960年代にすでに報告されているが[1,2]、技術的な理由で忘れ去られていた。ところが技術が進歩した約30年後に、スイス/フランスのグループが、FLASHを使ったC57BL/6Jマウス実験で画期的な成果を報告した[3]。その内容とは、マウスの肺がんの治療のために同じ線量を使った場合に、FLASH治療では、従来の放射線治療と同等の抗腫瘍効果を維持しつつ、肺組織の繊維化やアポトーシスを有意に低減するという画期的なものであった。そこでこのグループは、マウスよりも大型のネコとミニブタを実験動物として用いて、FLASH治療の効果を確認することにした。

【結果】
 まず、比較的ヒトの皮膚に近いミニブタの皮膚に、従来の線量率(0.1 Gy/s以下)の放射線照射とFLASH照射をして、皮膚組織の壊死領域、角質増殖、真皮のリモデリング、及びコラーゲン沈着を調べた結果、従来の照射方法では有意な増加が観察されるこれらの因子が、FLASH治療でほとんど増加しないことが確認された。さらに、FLASH照射後二週間で毛が生えてくるブタが多かった(従来の照射は0%に対して80%)。また、治療後一年間にわたって長期的に観察しても、従来の放射線治療よりも皮膚障害が抑えられる結果となった。
 次に、ネコの鼻にできた腫瘍に対してFLASH治療を試みたところ、照射後3-16ヶ月に渡って完全寛解が確認された上に、照射後3-12ヶ月間の長期に渡って脱毛程度の軽い皮膚症状で抑えることができた。

【考察】
 本研究結果は、一秒で放射線治療ができてしまう上に、正常組織への影響も軽微で抑えられる革新的なものである。瞬間治療が可能であることから、ペットや小さな子供に対しても、治療の間じっと我慢してもらう必要がない点が重要である。本研究から、ブタの皮膚やネコの鼻のがんといった表層に対するFLASH治療効果の有用性が示されたので、近いうちにヒトの皮膚がんのFLASH治療の実現が近いと考えられる。
 一方、マウスの肺がんの抗腫瘍効果については、マウスが小動物だったから可能であったと考えられる。今後は、ヒトにおける膵臓がんなどの深層部のがんに対する高度なFLASH照射装置が開発されて、がん治療の応用範囲が広がるものと予想される。
 放射線生物学を専門とする研究者にとっては、なぜ正常細胞に影響が少ないのかについての分子メカニズムが一番知りたいところではあるが、本研究では、画期的な治療効果についての報告に限定しており、詳細なメカニズムについては、今後の研究が待たれるところである。 


【参考文献】
1. Hornsey S, Alper T. Unexpected dose-rate effect in the killing of mice by radiation. Nature, 210, 212-3, 1966.
2. Hendry JH, Moore JV, Hodgson BW, Keene JP. The constant low oxygen concentration in all the target cells for mouse tail radionecrosis. Radiat Res, 92, 172-81, 1982.
3. Favaudon V, Caplier L, Monceau V, Pouzoulet F, Sayarath M, Fouillade C, Poupon MF, Brito I, Hupé P, Bourhis J, Hall J, Fontaine JJ, Vozenin MC. Ultrahigh dose-rate FLASH irradiation increases the differential response between normal and tumor tissue in mice. Sci Transl Med, 6, 245ra93, 2014.