放射性ヨウ素治療甲状腺がん患者の細胞遺伝学的マーカーによる長期フォローアップ
論文標題 | Detection of Simple, Complex, and Clonal Chromosome Translocations Induced by Internal Radioiodine Exposure: A Cytogenetic Follow-Up Case Study after 25 Years |
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著者 | Livingston GK, Ryan TL, Smith TL, Escalona MB, Foster AE, Balajee AS. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cytogenet Genome Res. 159: 169-181, 2019. |
キーワード | 染色体異常 , 染色体異常 , 内部被ばく |
【はじめに】
放射性ヨウ素の臨床利用は1940年代から行われ、近年では、腫瘍特異的な抗体の標識や高い抗腫瘍効果が期待できるα線核種を用いた放射免疫療法あるいは標的RI治療などと呼ばれる治療法の開発が進められている。本稿では、放射性ヨウ素療法 (RIT) を受けた甲状腺がん患者の細胞遺伝学的解析による長期フォローアップから、RI治療による被ばくが血液細胞におよぼす影響について考察している。
【RITから25年間における細胞遺伝学的マーカーの推移】
本稿の患者は1992年および1994年にRITを受けている。治療以前の医療被ばくや作業被ばく歴はない。細胞遺伝学的マーカーとし て治療開始約1年前の1991年~1997年、2012年、2015年、2019年に微小核試験 (MN) を実施している。また、2012年以降は染色体異常頻度について解析を行っている。
MNはRITを行った1992年および1994年でMN頻度が急激に増加したが、治療後は緩やかに減少し、2012年には治療開始前のMN頻度に近いレベルまで減少している。
一方で、染色体異常解析では、不安定型染色体異常である環状染色体 (Rc)、二動原体染色体 (Dic)および安定型染色体異常である染色体転座について解析しており、2012年の結果と比較して2015年はいずれの値も増加していて、2019年にはRc、Dicは減少、転座は増減なしという結果であった。一般的には不安定型異常は時間経過とともに減少し、安定型異常はほぼ横ばいで推移しものと考えられているため、転座頻度の推移から2012年の観察結果に問題があるか、あるいは2012年から2015年の間にDNA損傷を惹起する何らかのイベントがあった可能性が疑われるが、筆者らの言及はない。また、転座解析の内容に着目すると2015年の解析では非相互的 (45.6%) および相互的転座 (54.4%) がほぼ等しい頻度であったのに対し、2019年の解析では、相互転座 (80.3%) が優勢となっており、非相互的転座を有する細胞の一部はDNA末端の露出など細胞の生存にとって不利な状態にある可能性が高く、アポトーシス等によって淘汰されたものと考えられる。
【健常者ドナーとの染色体異常頻度の比較】
5名の健常者ドナー (喫煙、飲酒、薬物服用歴なし) とRIT患者の2019年時の染色体異常のベース頻度について比較するとDicおよび転座ともにRIT患者において高く、特に転座ではドナー平均の約9倍と高頻度であった。また、2019年以前のRIT患者の解析では検出されなかったt(14p;15q)のクローナルな転座や3本以上の染色体が絡む複雑な交換を伴う細胞が今回初めて検出された他、mBAND-FISHでは腕間・腕内逆位も検出された。RITからおよそ25年経過した患者末梢血細胞でも複雑な染色体異常が認められたことは、RITによって造血幹細胞にDNA損傷が誘導されている可能性があること、また長期に亘って異常を持った細胞が生体内で保持されている可能性を示唆している。この点に関しては末梢血リンパ球が細胞分裂停止状態にあるG0期の細胞である影響が強いと考えられる。
【RIT患者のリンパ球は染色体異常が誘導されやすいか?】
RITによって患者の血液細胞は脆弱性が亢進している状態にあるのか調べるため、健常者ドナーおよびRIT患者から採取した末梢血にX線照射 (0, 0.5, 1, 2, 4 Gy) を行い誘発された染色体異常頻度解析を行っている。その結果、不安定型染色体異常 (Dic + Rc) 頻度に大きな違いは認められなかったが、RIT患者サンプルでは健常者ドナーよりもRcの出現頻度が高かった。また、転座解析では、t(14p;15q)の転座を有する細胞にX線照射によって新たな染色体異常が形成されていることが確認された。
【まとめ】
RI療法による放射線が正常組織・細胞に与える影響については、まだ明らかにされていない点が多い。RI療法が末梢血リンパ球における染色体不安定性を誘導するものであるかは不明だが、この研究では、クローナルな転座を持つ細胞が検出されていることから、RI療法によって造血幹細胞にDNA損傷が誘発されている可能性は十分に考えられる。また、長期に亘って染色体異常を有する末梢血リンパ球が保持されている場合、見かけ上、染色体の脆弱性が高くなり、線量評価等の判定に影響を及ばす可能性も考えられる。
筆者らの研究ではただ1名のRIT患者の追跡調査ではあるが、治療から25年にも亘る長期観察データの積み重ねはRI療法のみならず、放射線被ばくによる生体影響の解明に大きく寄与するものであることは間違いない。