細胞老化におけるトランスクリプトームの特徴
論文標題 | Transcriptome signature of cellular senescence |
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著者 | Casella G, Munk R, Kim KM, Piao Y, De S, Abdelmohsen K, Gorospe M. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nucleic Acids Res., 47(14):7294-7305, 2019. |
キーワード | 細胞老化 , トランスクリプトーム , バイオマーカー |
【背景】
老化は、テロメア短縮、ゲノム損傷および腫瘍性タンパク質のシグナル伝達などの様々なストレスによって誘発される無期限の増殖停止の状態であり、アテローム性動脈硬化症やがんなどの老化関連疾患の発症を促進する。細胞老化の特徴として、DNA損傷、p53/p21およびp16/pRB経路の誘導、および老化関連酸性βガラクトシダーゼ(SA-βGal)の高活性が知られており、多くの研究ではこれらマーカーの複数の組み合わせにより老化細胞が同定されている。しかしながら、これらマーカーは老化に限ったものではなく、また老化細胞において普遍的に誘導されているわけでもない。従って、老化細胞の同定の発展のためには、信頼性が高く普遍的で測定可能な細胞老化の特性を明らかにする必要がある。そこで著者らは、複数のヒト正常細胞(線維芽細胞WI-38、IMR-90と内皮細胞HUVEC、HAEC)と種々の老化誘導ストレス(複製枯渇、電離放射線、ドキソルビシン、がん遺伝子の発現)により誘導した多種類の老化細胞の転写産物をRNAシーケンスにより網羅的に解析することで、老化細胞において普遍的に発現する転写産物の特定を行った。
【主な結果】
本論文では、複製枯渇(WI-38、IMR-90)、電離放射線(WI-38、IMR-90、HUVEC、HAEC)、ドキソルビシン(WI-38)、またはがん遺伝子HRASの導入(WI-38)により樹立された8種類の老化細胞が用いられた(細胞の老化はSA-βGal活性やp21等の複数のマーカーにより確認)。
著者らははじめに、複製枯渇(IMR-90)、電離放射線(IMR-90、HUVEC、HAEC)、ドキソルビシン(WI-38)、がん遺伝子導入(WI-38)の6種類の老化細胞のRNAシーケンスデータを比較した。まず、ピアソン相関係数分析により個々のシーケンスサンプルを相互に比較したところ、RNA発現の違いは老化誘導ストレスの種類ではなく起源細胞の種類(線維芽細胞か内皮細胞か)に依存することが明らかとなった。次に,老化細胞において共通して変動している転写産物を探索したところ、上述の6種類の老化細胞において112種類のRNA産物の発現が共通して減少していることが明らかとなった。さらに、複製枯渇および電離放射線により老化させたWI-38細胞のデータ2種類を追加して解析を行ったところ、老化細胞において共通して減少している転写産物の数が18種類にまで絞られた。さらに同様の手法により、 50種類の転写産物の発現が老化により共通して上昇していることが明らかとなった。
次に、老化により発現変動を示した68種類の転写産物の一部(発現が減少した転写産物は16種類、上昇した転写産物は12種類を解析)と古典的老化マーカーのp16とp21のmRNA発現をRT-qPCRにて解析した。興味深いことに、p16 およびp21のmRNAの発現上昇は必ずしも8種類すべての老化細胞で観察されたわけではなかった。対照的に、トランスクリプトーム解析において発現変動を示したRNAに関してはRT-qPCRにおいても発現変動が確認され、例えばFAM129A,HIST1H1E,HIST1H1D,HIST1H1A およびITPRIPL1 のmRNAの発現は8種類すべての老化細胞において減少していた。 興味深いことに、lncRNAであるPURPLの発現はすべての種類の老化細胞で上昇しているだけでなく、その発現上昇レベルは古典的マーカーのp16およびp21のmRNAの発現上昇を大幅に上回っていた。これらの結果は、本研究で明らかとなった転写産物が従来の老化マーカーのp16およびp21 のmRNA よりも老化バイオマーカーとして優れていることを示唆する。
次に著者らは、発現変動を示した68種類の転写産物が老化細胞と非老化細胞の識別に役立つかどうかを検討した。ピアソン相関係数分析の結果と同様に、主成分分析により遺伝子変動の大部分が起源細胞の種類に依存することが明らかとなった。注目すべきは、これら68種類の転写産物のみで主成分分析を行うことで、起源細胞の種類に加えて、老化細胞と非老化細胞を明確に区別できたことである。
最後に著者らは、68種類の転写産物の中で、老化細胞と非老化細胞を区別するために必要な最少の組み合わせを機械学習および統計手法を用いて検討した。その結果、3つのmRNA(SLCO2B1,CLSTN2,PTCHD4)と2つのlncRNA (LINC02154,PURPL)の計5つの転写産物の組み合わせにより老化細胞と非老化細胞の区別が可能であることが示唆された。
【まとめ】
本研究成果から,老化に伴い普遍的に変動する68種類の転写産物が明らかとなり、老化細胞の同定におけるそれら転写産物の有用性が示された。
本論文で明らかとなった転写産物プロファイルは信頼性が高く老化細胞において普遍的であることから、老化の発症や維持に関わっている可能性も考えられる。今後その可能性を検証することで、老化関連疾患の発症・進展機構の解明や老化細胞を標的とした治療戦略の発展に繋がると期待される。