日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

腫瘍微小環境における乳酸の蓄積は18F-FDG取り込みを抑制する

論文標題 Lactic Acid Accumulation in the Tumor Microenvironment Suppresses 18F-FDG Uptake
著者 Türkcan S, Kiru L, Naczynski DJ, Sasportas LS, Pratx G
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Res., 79(2): 410-419, 2019
キーワード 陽電子放射断層撮影法 , FDG , 乳がん , ラジオルミネッセンス顕微鏡法 , 腫瘍微小環境

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【背景・目的】
 陽電子放出断層撮影法(PET)は、癌の診断、病期分類、およびモニタリングに不可欠なツールであり、2- [18F]フルオロ-2-デオキシ-D-グルコース(FDG)は、がん細胞の代謝活性を示す代表的な放射性トレーサーである。FDG-PETは、正常組織と比較してグルコース要求性が増加している腫瘍を高感度に特定できるものの、その取り込みプロセスは、血管系、リンパ管、免疫細胞の浸潤、間質液圧、低酸素、ならびにアシドーシスといった固形腫瘍内の微小環境因子、細胞増殖と細胞周期といった細胞動態に影響を受けるため、不均一であり正確な画像の解釈を困難にしている。さらに組織切片のオートラジオグラフィーの分解能(約100μm)やPETの分解能(臨床機で4〜8 mm)では、個々の細胞の生物学的因子とトレーサー灌流量や生細胞の密度との分離が困難であるため、FDG取り込みの違いが内因性の代謝特性によるものか、トレーサー灌流量や生存腫瘍細胞の密度など物理的素因によるものか、あるいは他の生物学的因子によるものかどうかを判断することはできない。
筆者らは、近年開発した、単一細胞レベルで蛍光顕微鏡下で放射性トレーサーの取り込みを画像化できる技術であるラジオルミネッセンス顕微鏡法(RLM)を利用して、腫瘍微小環境の特性が腫瘍移植片から解離した単一細胞のFDG取り込みにどのように影響するかを調べた。

【主な結果】
 二種類の乳癌細胞株(マウス4T1およびヒトMDA-MB-231)を移植したモデルでは、FDGに対するPET撮像およびオートラジオグラフィーにおいて、腫瘍の中心部でFDGシグナルの減少が認められた。次に、個々の細胞におけるFDG取り込みを画像化するために、RLMを使用した。RLMでは、目的の細胞と接触するように薄いシンチレーターを配置して、放射性トレーサーからのシンチレーション信号を光信号としてEM-CCDカメラで記録することで、細胞レベルの分解能での放射性壊変の検出を可能にした。移植3週間後の皮下腫瘍移植片から、外科的に辺縁部と中心部コアの2つのコンポーネントを分けて採取し、ルシフェラーゼを指標とした生細胞におけるFDGの取り込みをRLMイメージングにて検討した。その結果、やはりFDGの取り込みは辺縁部の細胞よりも中心部の細胞で顕著に低く、取り込みの違いは単一細胞のレベルでも持続することが明らかとなった。興味深いことにこの違いは直径8 mm以上の大きな腫瘍で観察され、小さな腫瘍のマウスでは観察されなかった。この取り込み量の違いの原因を明らかにするために、低酸素領域、細胞増殖ならびに乳酸アシドーシスの3つの腫瘍微小環境要因との関係についてin vivoとin vitroを比較することで検討した。
 in vivo実験において、定量PCRによって84の低酸素関連遺伝子の発現を測定したところ、腫瘍移植片の中心部コアでは、HIF1転写因子群、アポトーシス制御、代謝、凝固、血管新生関連遺伝子など、低酸素シグナル伝達因子の高発現が観察されたことから、中心部の細胞が周辺部の細胞よりも低酸素に曝露されていることが明らかとなった。また細胞増殖に関して、腫瘍の中心部と辺縁部から抽出した細胞へのチミジン類似体EdUの取り込みを測定したところ、4T1腫瘍でのみ、辺縁部での増殖細胞の割合が中心部の細胞より有意に高かった。また、腫瘍移植片の乳酸レベルを測定したところ、4T1腫瘍モデルでは、乳酸濃度は辺縁部よりも中心部で有意に高かったものの、MDA-MB-231では顕著ではなかった。
 次に、4T1細胞を用いたin vitro実験において、腫瘍中心部におけるFDG取り込みの減少を各種微小環境条件で再現できるかどうか検討した。まず低酸素条件について、RLMイメージングの前に、通常酸素条件下および慢性低酸素条件下で培養したところ、平均FDG取り込みは、慢性低酸素下で170%増加した。これは、HIF1の活性化によって誘導されるパスツール効果によって、細胞の解糖系代謝が亢進した結果によるものであると考えられるが、腫瘍の中心部での低FDG取り込みとは一致せず、考えられる説明として除外された。細胞増殖の影響について調べるため、通常および無血清培地で48時間培養した単一4T1細胞をRLMイメージングしたところ、G0–G1の細胞周期停止を引き起こす無血清条件でFDG取り込みは63%減少させた。この結果は、細胞増殖が腫瘍辺縁部でのFDGの高い取り込みを説明できる可能性を示しているが、増殖が遅いことが細胞のグルコース利用率を低下させることについてははっきりしていない。実際、以前の研究において、HEY Rab25細胞の増殖速度を、異なる密度で細胞を播種することによって調節した場合、FDGの取り込みに変化は見られなかったことや、血清除去によってPI3K / AKTシグナル伝達が抑制され細胞代謝の低下を引き起こすことも十分考えられるためである。最後に、乳酸アシドーシスの影響を調べるため、高濃度の乳酸を含む培地中で48時間培養した後、4T1細胞のFDG取り込みをRLMイメージングにより計測すると、乳酸への曝露により細胞の平均FDG取り込みが85%減少し、不均一性が40%増加したことが示された。さらに、ガンマカウンターを用いて、培地中のさまざまな濃度の乳酸、塩酸、乳酸ナトリウムとともに48時間培養した4T1細胞のバルクでのFDG取り込みを測定すると、乳酸の場合、FDG取り込み量の有意な用量依存的減少が観察された。塩酸による低pH条件でも、FDGの取り込みは最大80%大幅に減少した。pHを中性に保ちながら乳酸イオン濃度を変えた条件では、乳酸イオンが15 mmol / L以上でFDG摂取の有意な用量依存的減少を引き起こした。以上の結果から、酸性pHおよび乳酸イオンへの曝露が両方とも4T1細胞によるFDGの取り込みを阻害し、このことが腫瘍移植片で見られるFDG取り込みの観察された減少を説明できることが示唆された。

【まとめ】
 結果を要約すると、RLMを使用することで、マウス腫瘍移植片の中心部と辺縁部に存在する単一細胞の集団でFDGの取り込みに有意差があることが明らかとなった。この違いは細胞密度や放射性トレーサー灌流量などの物理的要因が影響しない実験系で観察されたことから、純粋に腫瘍細胞の生理的差異に起因するものである。また、中心部におけるFDGの取り込み低下は、低酸素や増殖停止によるものではなく、主に、乳酸濃度および低pHによって誘発され得ることが明らかとなった。この知見の重要性は、PET撮像で測定できる腫瘍中心部でのFDG取り込みの減少が、腫瘍内の乳酸アシドーシスの上昇を予測できることである。しばしば、腫瘍内でのFDGの不均一な取り込み、特に中心部での減少が、存在する生細胞がより少ないことを意味すると解釈されるが、本研究のデータは、腫瘍の中心部にあるがん細胞は、腫瘍の微小環境への適応として、FDGの取り込みが本質的に低くなっており、高乳酸、低pH、低酸素の条件下で成長する細胞は、腫瘍辺縁の細胞と同等もしくはそれ以上に攻撃的であるため、予後不良と転移能の増大を示している可能性がある。分子イメージングを使用して癌治療をパーソナライズすることに関心が高まっていることを考えると、FDG-PET撮像には単一細胞レベルの解像度がないため、生存細胞密度の減少と細胞あたりのFDG取り込みの減少を区別できないことを認識しておくことが重要であると考えられる。