FLASH効果は酸素濃度に依存する
論文標題 | The FLASH effect depends on oxygen concentration |
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著者 | Adrian G, Konradsson E, Lempart M, Bäck S, Ceberg C, Petersson K. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Brit J Radiol. 93:20190702, 2020 |
キーワード | FLASH効果 , sparing効果 , 酸素濃度 |
【背景・目的】
FLASH放射線治療とは、通常の放射線治療の線量率の数百倍から千倍高い線量率を用いる超高線量率照射法である。すでにこのHPでも紹介されているが、注目すべき点は抗腫瘍効果が変わらないままで正常組織の障害は抑制される(生存率の向上で認められる、いわゆる防護効果を示し、sparing effectと称されている)現象が認められることである。担癌実験動物では1回のパルス照射による放射線治療で、抗腫瘍効果が得られ、かつ正常組織の障害発生が抑えられており、今までの治療様式を変えるインパクトがある。また、すでにFLASH治療に向けた治療機器も開発されている。この現象の機序はFLASH照射によって正常組織の酸素が枯渇し、低酸素状態を招くことによって放射線抵抗性が増強するためとされてきたが、in vitroでの知見はなかった。そこで本研究では初めて、酸素濃度を変えた条件でFLASH照射と通常の線量率(CONV)照射について、細胞生存率を指標に両者の影響を比較した。
【方法】
細胞としてはヒト前立腺癌DU145細胞を使用した。容器にはFalcon T12.5フラスコを使用、照射時には低酸素容器にいれ、その後は、通常の培養条件で 13-15日培養し、コロニー形成法にて生存率を測定した。尚、培養液量はフラスコあたり2.5 mlとした。
10-MeV電子線によるFLASH照射とCONV照射には、臨床用の直線加速器であるElkta社の Preciseを改造して用いた。CONV照射時の線量率は14 Gy/min(0.23 Gy/s)であった。一方、FLASH照射では1パルス3 Gyを周波数200Hzで繰り返し照射した。線量率は600 Gy/sであった。線量測定は線量率に依存したGafchromic EBTフィルムを、フラスコ内の底面に設置して行われた。
低酸素条件はpO2、1~8%内で設定し、対照群は20%とした。培養液中の酸素濃度は酸素電極を用いて測定した。線量と酸素濃度を変えて、得られた線量―生存率関係はL-Qモデルにて解析した。
【結果】
1) 吸収線量0~25 Gyの範囲で、相対酸素分圧を0.01,0.1, 1.6, 2.7, 4.4, 8.8, および20%とした条件で、FLASH照射とCONV照射の生存率を比較した。正常酸素圧条件で両者の生存率に有意差は認められなかったが、低酸素条件で、15 Gy以上照射した場合に明らかな差が認められた。
2) 線量を18 Gyとして酸素濃度を変えた場合、相対酸素分圧1.6%で最大のFLASH照射によるsparing効果(生存率の向上)が認められた。同様に2.7%,および 4.4%でも有意差はあったが、8.3%以上では有意差はなかった。
3) 線量18 Gyにおける生存率と酸素分圧との関係より、FLASH照射とCONV照射を比較して、相対的 sparing効果比を求めたところ、相対的酸素分圧約4%で最大値2.5を示し、酸素分圧増加とともに低下し、20%で1となった。
【結論】
培養細胞を用いたin vitro実験で初めてFLASH照射によるsparing効果(生存率の向上)が酸素濃度に依存することを示した。今後は治療適用を広げるためにもFLASH照射の特長を把握するとともに最適化を図るための研究が必要である。
【考察】
本研究では超高線量率照射のsparing効果は酸素濃度に依存して発現し、低酸素状態で顕著で無酸素状態や正常の酸素濃度では顕在化しないことを初めて示した。FLASH照射によるsparing効果が酸素濃度に依存することを示した意義は大きい。一方、酸素濃度20%ではsparing効果が消失していること、また、増殖能の高い培養癌細胞を用いた結果であることから正常組織で認められるsparing効果を説明するかは課題である。
FLASH照射は2014年にFavaudon Vらがマウスを用いた実験で超高線量率照射では抗腫瘍効果は変わらずに、通常照射で認められる肺の線維化が抑制されることを明らかにしてから、臨床への応用にむけて注目されるようになってきた[1]。
最近では、マウス脳にFLASH照射とCONV照射(線量は10 Gy)を実施し、脳の機能と形態を比較したところ、FLASH照射群では認知機能や脳組織形態が非照射群と同様に保たれたとする結果が示されている[2]。この論文ではさらに超純水(4%酸素条件)に照射し、過酸化水素量を測定したところ、高線量でCONV照射に比べてFLASH照射では生成量が有意に減少したことが示されており(80 Gyで約16%低下)、正常組織でのROS生成の低下や放射線化学以後の反応が進みにくいことが防護効果の機序の一因としている。ただし、こちらの論文ではFLASH効果は10 Gyおよび12 Gyでは認められるが14Gyでは消失したとされ、線量依存性は本論文とは異なる。
他にもFLASH効果の理論的検討はされており、酸素増感比(OER)と照射前の酸素分圧の関係からFLASH照射中の酸素涸渇の影響を示した報告がされている[3]。線量は10 Gyで、1 Gyあたり0.42 mmHgの酸素が涸渇する条件とした場合、酸素分圧が15 mmHg以上ではOERは平坦でFLASH照射とCONV照射の差はなく、また無酸素状態でも両者に差はないが、5 mmHg近傍時に、OERの差が最大となり、その差がFLASH効果と説明している。
FLASH効果の機序については、生成する活性種の質と量、局所的酸素涸渇のメカニズム、線量依存性と最適線量、実臨床での治療成績等、今後の課題も多く、さらなる知見の集積が必要である。一方、分割照射に腐心してきた従来法に比べて、FLASH照射では線量増加が容易となり、呼吸変動する臓器中の腫瘍については、まさに“狙い撃ち”が可能となる魅力も秘めており、今後の研究および技術開発が望まれる。
【参考文献】
1. Favaudon V, Caplier L, Monceau V, Pouzoulet F, Sayarath M, Fouillade C, Poupon MF, Brito I, Hupé P, Bourhis J, Hall J, Fontaine JJ, Vozenin MC. Ultrahigh dose-rate FLASH irradiation increases the differential response between normal and tumor tissue in mice. Sci Transl Med. 6(245):245ra93, 2014
2. Montay-Gruel P, Acharya MM, Petersson K, Alikhani L, Yakkala C, Allen BD, Ollivier J, Petit B, Jorge PG, Syage AR, Nguyen TA, Baddour AAD, Lu C, Singh P, Moeckli R, Bochud F, Germond JF, Froidevaux P, Bailat C, Bourhis J, Vozenin MC, Limoli CL. Long-term neurocognitive benefits of FLASH radiotherapy driven by reduced reactive oxygen species. Proc Natl Acad Sci U S A. 116(22):10943-10951, 2019.
3. Pratx G, Kapp DS. Ultra-High-Dose-Rate FLASH irradiation may spare hypoxic stem cell niches in normal tissues. Int J Radiat Oncol Biol Phys.105(1):190-192, 2019.