日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

書評:エネルギーレビュー2020年8月号 (特集)低線量の放射線リスクを考える

論文標題 -
著者 保田浩志、佐々木道也、今岡達彦、高村昇
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
特集の頁数:18ページ (本体1,500円+税)、2020年7月発行、(株)エネルギーレビューセンター
キーワード 低線量 , 低線量率 , UNSCEAR , ICRP

 本書は、原子力工学を中心としたエネルギーに関する広い分野で有益な情報を提供する総合科学雑誌であり、2020年8月号では、「低線量の放射線リスクを考える」という特集が組まれ、放射線影響研究にとって重要な課題が取り上げられている。内容は、以下の4テーマに分けられ、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方を紹介するとともに、最新の研究知見と東京電力福島第一原子力発電所やチェルノブイリ原子力発電所の事故による放射線影響の実態から、低線量放射線のリスクをどのように考えるべきか述べられている。

① 低線量の放射線リスクを考える(広島大学 原爆放射線医科学研究所 保田浩志教授)
② 放射線がんリスク研究からの知見(電力中央研究所 原子力技術研究所 佐々木道也上席研究員)
③ 発がんメカニズムと数理モデル研究から見た低線量放射線リスク(量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所 今岡達彦グループリーダー)
④ チェルノブイリと福島第一の両原子力発電所事故-健康影響の観点における相違(長崎大学 原爆後障害医療研究所 高村昇教授)

 前半の2つのテーマでは、UNSCEARやICRPの考え方がどのような科学的根拠に基づいているのか、主に、広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査の情報に絡めてわかりやすくまとめられている。UNSCEARは、疫学調査では低線量被ばくでの有意なリスク上昇は同定できそうにないと結論付け、これらに関する統一的な答えは得られていないとしている。さらなる定量的な評価を行うには放射線発がんの複雑なメカニズムについて理解を深化させる必要がある。また、がんリスク評価の研究動向として、科学的知見が不足しているギャップを埋めるための分野横断的な研究が進められていること等は大変興味深い。3つ目のテーマでは、発がん前の重要事象であるDNA損傷と変異の数理モデルを解説し、低線量や低線量率での数理モデルの考え方等を基盤にLNTモデルが説明できると非常に理論的に解説されている。続いて発がんの数理モデルの研究動向を紹介し、発がん前の重要事象から発がんに至るまでを統一的に説明できるモデルを探すことが課題であると述べられており、数理モデル研究から見た低線量放射線リスク評価は今後の進展が期待できる。最後のテーマでは、1986年チェルノブイリと2011年福島の原子力発電所事故について、事故によって放出された放射性物質の量の差と事故後の対応(避難や食品管理等)の差がどれだけ影響していたかが簡潔にまとめられており、大変わかりやすい。事故による健康影響として注目されているヨウ素131による甲状腺がん、精神的ダメージも含めたそれ以外の健康影響についても詳しく述べられており、低線量の放射線リスクだけでなく、原子力発電所の安全性と信頼性、社会的責任についても考えさせられる内容であった。
 本書を読み、疫学研究では不明とされてきた低線量被ばくのリスクを正確かつ系統的に理解されるよう、今後、さらなる科学的知見を蓄積していく必要があり、分野横断的な放射線影響研究の重要性を痛感した。信頼できる引用がそろっており、専門用語にはわかりやすい解説がついているため、特に、低線量の放射線リスクを考えるきっかけとして、これから放射線影響研究を担う若手研究者や学生にも、放射線を専門にしない方にも適した構成となっている。