電離放射線照射後のHeLa細胞におけるクロマチンリモデリングとDNA修復複合体へのナノスケールの洞察
論文標題 | Nanoscale insight into chromatin remodeling and DNA repair complex in HeLa cells after ionizing radiation |
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著者 | Wu R., Liu W., Sun Y., Shen C., Guo J., Zhao J., Mao G., Li Y., Du G. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
DNA Repair, 96:102974, 2020 |
キーワード | クロマチンリモデリング , DNA二重鎖切断 , DNA修復 , 電離放射線 , 単一分子局在化顕微鏡 |
【背景・目的】
DNA修復における生化学的カスケードと修復タンパク質の機能は広く研究されている。しかしながら、DNA修復におけるクロマチンリモデリングと修復タンパク質のDNA二重鎖切断(DSB)部位における相互作用は未だ完全には明らかになっていない。超解像顕微鏡技術の開発に伴う単一分子局在化顕微鏡のナノスケール分解能は、生化学的および遺伝的アプローチに加えて、DSB部位での修復タンパク質の役割を直接観察でき、研究における新しいアプローチを提供する。本研究では、単一分子局在化顕微鏡STORM(STochastic Optical Reconstruction Microscopy)を使用して、電離放射線によって誘導されるDNA損傷に応答したクロマチンリモデリングとDSB部位における修復タンパク質のナノスケール分布は、DNA修復における核クロマチンと修復タンパク質の相互作用を反映していることを画像を用いて明らかにした。
【結果】
まず、STORMを使用して、HeLa細胞における核DNAのナノスケール分布を解析した。非照射細胞における核クロマチン分布を画像を用いて解析したところ、明確な核小体構造を持つ不均一な核DNAネットワークが見られ、ⅰ)厚さが200〜400 nmの湾曲したクロマチンフレームと類似したサイズのいくつかの結節構造、ⅱ)厚いフレームによって境界が明瞭な核小体とDNAがほとんど存在しない小さな空洞構造、ⅲ)100 nm以下のサイズが少数散在するスポット、という3つの典型的な構造が観察された。また、クロマチンフレームと結節構造には規則的な構造は見られなかった。1 GyのX線照射によってDNA損傷を誘導したHeLa細胞においては、広視野顕微鏡では核構造に違いは見られなかったが、STORM画像では、不均一な核クロマチンの分布がより均一な分布に変化し、核小体境界が消失することが明らかになった。これはX線照射をされた細胞において核全体でクロマチンの弛緩が起こったことを示している。
次に、X線照射したHeLa細胞において二重STORMイメージングを用いてDNA修復因子を免疫染色し、 DSB修復複合体における修復因子(γ-H2AX、53BP1、MDC1)の単分子分布を調べた。その結果、これらの修復因子は不規則な繊維構造を形成することが明らかになった。修復複合体での単一分子局在化測定では、これら3種類の修復因子がDSB部位の周囲約400 nm内において共局在していることが示された。また、53BP1局在数は修復複合体内のγ-H2AX数に比例し、53BP1の分布はγ-H2AX局在数が多い修復複合体により集中していることが明らかになった。
次に、X線照射したHeLa細胞においてγ-H2AXとEdUクロマチンのデュアルカラーナノスコピックイメージングを使用して核クロマチンと修復因子間の配位を調べた。その結果、γ-H2AXの1000 nmの湾曲した繊維構造が、EdUナノスポットに囲まれる形で観察されており、ヒストンH2AXのリン酸化が主にDSB部位のクロマチンに沿って起こったことを示した。また、同様の繊維構造と分布は、DSB部位において53BP1、MDC1でも見られた。これらの観察結果は、DNA損傷応答と修復カスケードがクロマチンの構造による影響を受けるという可視化された証拠を示している。加えて、ナノスポットで構成された繊維構造の近傍におけるγ-H2AX分子の分布は、H2AXリン酸化もDSB部位への距離によって影響されることを示した。また、相関分析では、クロマチン密度がDSB修復複合体の中心で高く、DSBの発生がDNAリッチな領域で高いことが証明された。
【考察】
本研究では、STORMにより、HeLa細胞の核DNAにおけるクロマチン構造をナノスケールで明らかにした。二次クロマチン構造は1970年代から30 nmの規則的な繊維構造と説明されてきたが、今回非照射のHeLa細胞で観察された200〜400 nm のクロマチンフレームは、多くの細胞種においては30 nmの規則的な繊維構造は存在しないという最近の学説を裏付けている。HeLa細胞へのX線照射は、不均一でコンパクトなクロマチンネットワークを細胞中により均一に分散した状態へと変化させ、クロマチン緩和とリモデリングが生じていることが示唆された。また、DSB修復因子のナノスケールイメージングはクロマチン繊維上のEdUおよびそこに結合された修復因子を100nmの繊維およびナノクラスター構造として示した。これは観察する光学切片に対するクロマチンファイバーの角度を反映していると考えられる。これらのデータはin vivoでのクロマチン組織の多型性と動的挙動を示し、クロマチンは正常状態であっても核内で不規則な状態で存在していることを明らかにした。また、不規則でコンパクトなクロマチン構造は、修復タンパク質が損傷部位にアクセスするうえで不利となるため、DNA損傷応答と修復過程においてはクロマチンの弛緩とリモデリングによって一時的に調節され、DSB修復がクロマチンリモデリングに依存していることを示唆している。このようなクロマチンリモデリングにより効率的な損傷シグナル伝達およびDNA修復が可能となるが、同時に核DNAへの細胞内外からの刺激に曝露しやすくなるため、DNA損傷を誘導し発がんリスクを増加させる可能性も考えられる。本研究で用いたナノスケールイメージングは、シグナル伝達因子と修復因子の空間分布と相互作用についてより良い洞察をもたらし、DSB修復カスケードを理解するのに役立つと考えられる。そのため、クロマチンリモデリング機構およびDNA修復に対するその影響に関する生化学的研究、ならびにこのリモデリングがどのようにリスクと修復のバランスをとるかについて今後さらなる研究が求められる。
【まとめ】
本研究で使用された単一分子局在化顕微鏡STORMによって、今までは共局在していることしか判別できなかったシグナルがナノスケールレベルで分解可能となり、核内に局在する修復因子の関係性を判別することも可能となった。今後、STORMのDSB修復メカニズムの解析などへの応用が期待される。