低線量胸部CTが染色体DNAに与える生物学的影響
論文標題 | Biological Effects of Low-Dose Chest CT on Chromosomal DNA |
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著者 | Sakane H, Ishida M, Shi L, Fukumoto W, Sakai C, Miyata Y, Ishida T, Akita T, Okada M, Awai K, Tashiro S |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiology, 295(2): 439-445, 2020 |
キーワード | 低線量CT , DNA二重鎖切断 , 染色体異常 , 医療被ばく |
【背景・目的】
国内の悪性腫瘍による死亡原因の第1位は肺がんであり、検診(スクリーニング)による肺がんの早期発見と治療は肺がん死亡率を減少させるために重要であるとされる。これまで肺がん検診には胸部単純X線検査や喀痰細胞診が併用されてきた。近年は任意型検診として胸部CT検査(低線量胸部CT検査)が利用されるようになってきた。低線量胸部CT検査による検診はより早期の肺がんを発見することが可能で胸部単純X線検査と比較して有意に肺がん死亡率を低下させることが報告されている。しかし、低線量胸部CT検査による被ばく線量は通常線量の胸部CT検査の4分の1程度ではあるが[1]、放射線被ばくによる健康影響、つまり発がんによる余命短縮のリスクを無視することはできないため、患者の発がんリスクとベネフィットを考慮した慎重な議論が必要である。
これまでに診断レベルの放射線が人体に与える生物学的影響について、通常線量のCT検査によってDNA二重鎖切断やDNA二重鎖切断の修復エラーにより生じた染色体異常が増加することが報告されてきた[2, 3]。しかし、低線量CT検査が人体に与える生物学的影響についての報告は少ない。ここに紹介する論文では、低線量胸部CT検査によりヒト末梢血リンパ球中に引き起こされるDNA損傷と染色体異常の程度を解析し、通常線量の胸部CTのそれと比較検討されている。
【方法】
18歳以上の通常線量の胸部CT検査を受けた102名、低線量胸部CT検査を受けた107名の計209名が対象者に選定された。対象者の中には過去に放射線治療、化学療法を受けた者や白血病や悪性リンパ腫の既往歴のある者、CT検査3日以内にX線検査を受けた者は含まれていなかった。それぞれのCT検査直前と検査15 分後にそれぞれ採血が実施され、末梢血から分離されたリンパ球中のDNA二重鎖切断数と染色体異常数の解析が行われている。DNA二重鎖切断の評価にはDNA二重鎖切断のマーカーであるγ-H2AXを免疫蛍光染色法によって検出することで、染色体異常数の評価には二動原体染色体と環状染色体を不安定型染色体異常としてPNA-FISH法によって検出することで行われた。
また、CT検査を受けた209 名のうちの63 名には 3ヶ月以上の間隔を空けてた後に、もう一方のCT検査が実施され同様の解析が行われた。これにより、対象者が持つ潜在的な影響の有無についても検討がなされている。
【主な結果】
・通常線量のCT検査群と低線量CT検査群との対象者の特性について、男女比、年齢、体格に有意な差は認められなかった。
・実効線量の中央値は通常CT群が5.0mSv [IQR (四分位範囲): 4.22-6.3]、低線量CT群が1.5mSv[IQR:1.42-1.7]であった。
・CT装置の線量指標となるDLP(線積分線量)、実効線量および血液線量は低線量CTの方が通常線量のCTと比較して約30%程度低かった。
・通常線量CT検査による影響について
CT検査前後に観察された細胞あたりのγ-H2AX数はそれぞれ0.11 [IQR:0.05-0.31]、0.17[IQR:0.042-0.22] であった。また、CT検査前後に観察された分裂中期細胞1000個あたりの染色体異常数はそれぞれ7.6[IQR:4.3-11.5]、9.7 [IQR:5.2-14.1]であった。
・低線量CT検査による影響について
CT検査前後の細胞あたりのγ-H2AX数はそれぞれ0.16 [IQR:0.07-0.29]、0.15[IQR:0.052-0.28] であった。また、CT検査前後の染色体異常数はそれぞれ6.7[IQR:4.2-9.8]、7.2[IQR:4.6-10.6]であった。
これらの結果から、通常線量CT検査によりDNA二重鎖切断や染色体異常が増加する一方で、低線量CT検査の前後では変化が見られないことが明らかとなった。最後に通常線量CT検査と低線量CT検査を両方とも受けた対象者においてもそれぞれに同様の結果が得られ、通常線量CT検査ではDNA二重鎖切断や染色体異常が増加するが、低線量CT検査では変化は見られなかった。しかし、CT検査前の染色体異常数の値(ベースライン)にわずかな差が見られ、対象者間の放射線感受性が影響している可能性を完全に排除することはできなかった。
【まとめ】
従来の通常線量の胸部CT検査に比べて、低線量胸部CT検査がヒト末梢血中リンパ球の染色体DNAに与える生物学的影響は小さいことが明らかとなった。これらの結果は今後の放射線防護の進展と被ばく低減に向けた取り組みを考える上で重要であると考えられる。しかし、CT検査による肺臓器への影響は全身の影響を示すヒト末梢血中リンパ球の影響とは異なる可能性がある。また、CT検査の反復被ばくによる発がんリスクについては不明であり、毎年のように繰り返し検診を行うことの臨床的意義については今後も議論が必要である。
【参考文献】
1. Larke FJ, Kruger RL, Cagnon CH, et al. Estimated radiation dose associated with low-dose chest CT of average-size participants in the National Lung Screening Trial. Am J Roentgenol 2011;197(5):1165–1169.
2. Rothkamm K, Balroop S, Shekhdar J, Fernie P, Goh V. Leukocyte DNA damage after multi-detector row CT: a quantitative biomarker of low-level radiation exposure. Radiology 2007;242(1):244–251.
3. Tao SM, Li X, Schoepf UJ, et al. Comparison of the effect of radiation exposure from dual-energy CT versus single-energy CT on double-strand breaks at CT pulmonary angiography. Eur J Radiol 2018;101:92–96.