CDK4/6の阻害はHPV陰性頭頸部扁平上皮癌の放射線感受性を増強する。
論文標題 | Inhibition of CDK4/CDK6 Enhances Radiosensitivity of HPV Negative Head and Neck Squamous Cell Carcinomas |
---|---|
著者 | Eva-Leonne G, Johan B, Katarzyna BL, Hans P, Paul NS, Ester MH. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Int. J Radiat. Oncol. Biol. Phys. 105(3): 548-558, 2019 |
キーワード | CDK4/6 inhibitor , 頭頸部扁平上皮癌 , 放射線増感 , がんゲノム医療 |
【背景・目的】
正常細胞のG1後期においてCDK4/6は、サイクリンDと複合体を形成し、RBのリン酸化及び転写因子E2Fの解離を促すことでS期への進行を促進する。このシグナル経路におけるサプレッサーとして有名なp16はHPV陽性頭頸部扁平上皮癌(HNSCC)で過剰発現を認めることが多い。これはHPV感染によって発現するE7によるRB不活性化に伴う代償的な反応であり、HPV陽性HNSCCが比較的放射線感受性が高く良好な予後を得やすいことにも関与する。一方、HPV陰性HNSCCは治療反応性に乏しく予後不良であり、治療効果の改善が課題である。そこで、本研究で著者らはHPV陰性HNSCC細胞に対しCDK4/6阻害剤であるpalbociclibを用いた場合の放射線増感作用について検証した。
【結果】
UM-SCC-47細胞 (HPV+, 以後、HPV陽性細胞)およびUT-SCC-24A細胞(HPV-、以後、HPV陰性細胞)にpalbociclibを作用させ、ウエスタンブロットによる解析を行ったところ、HPV陰性細胞ではpalbociclib処理前ではリン酸化を示していたRB(S807/S811)の著しい脱リン酸化を認めた。また、p16の発現量に影響はなかった。HPV陽性細胞については処理前よりRBの脱リン酸化とそれを代償するp16の強発現を認めており、処理後もそれらに変化はなかった。それぞれの細胞群に対しpalbociclib処理後のコロニーアッセイの生存率をもとに増感強度比を測定すると、HPV陰性群で有意に高値を示した。HPV陰性細胞にE6,E7を導入しコロニーアッセイを行ったところ、E6導入細胞では生存率の減少を認めたが、E7導入細胞では有意差を認めなかったことから、palbociclibとの併用により放射線感受性を高めるには、RBのリン酸化が重要であると考えられた。
しかし、生体内腫瘍の低酸素状態ではRBのリン酸化は妨げられることが知られており[1]、その状況下ではpalbociclibの放射線増感作用の低下が予想された。そこで著者らはmouse xenograft model(UT-SCC-5細胞およびUT-SCC-8細胞を使用、いずれもHPV-)を用いて、p-RB(S807/811)、低酸素領域に集積するpimonidazole、血管を示す9F1を免疫染色により描出した標本を作製・観察した。その結果、p-RBの大部分は低酸素領域の外側にて観察されたものの、一部は低酸素領域中にも検出されていた。これを踏まえ、著者らはRBのリン酸化の程度と酸素濃度の関係性を調べるためin vitroでの実験を行った。HPV陰性細胞を低酸素状態に暴露しウエスタンブロットによりRBのリン酸化の程度を経時的に調べた結果、1%酸素濃度環境下で24時間後のRBのリン酸化は1/2程度であった。この細胞を1%酸素濃度環境下に2時間曝し、palbociclib処理群・非処理群でそれぞれコロニーアッセイを行ったところ、非処理群では予想通り放射線抵抗性を認めたが、処理群では21%酸素濃度環境下と同程度の生存率を示した。さらに、RB(S807/811)のリン酸化が確認されている非腫瘍細胞(RPE1細胞)に対するコロニーアッセイにおいてもpalbociclibによる放射線増感を認めており、これらを総じて、palbociclibによる低酸素領域での放射線増感においてもRB(S807/811)のリン酸化が重要であることが示された。
次にpalbociclibによる細胞周期分布への影響が検討された。HPV陽性/陰性細胞それぞれにpalbociclib単剤、照射(4Gy)単独、併用群で処理を行い、FACS解析の結果を比較した。Palbociclib単剤群では、HPV陽性細胞では細胞周期分布に変化は認めず、HPV陰性細胞のみに照射12時間以降での顕著なG1アレストを認めた。これは、RBが脱リン酸化しE2Fを解離しないことに起因すると考えられる。照射単独群ではHPV陽性/陰性ともに照射12時間後ではG2アレスト認め、24時間後ではリリースされていた。そして、併用群では、HPV陽性では照射単独での結果と同様であったものの、HPV陰性では照射単独群でみられたG2アレストが認められなくなった。すなわち、palbociclibの放射線照射と併用した場合の細胞周期分布への影響はHPV陰性のみで認める結果であった。また、M期細胞のマーカーとしてp-H3(S10)を用いて、フローサイトメトリーにてその細胞割合を定量化したところ、照射単独群ではG2アレストの影響により照射6時間後に著しい減少を示し、12〜24時間後には徐々に回復を認めた一方、併用群では回復は認めず、照射24時間後のM期細胞の割合はほぼ0%であった。
さらに著者らはpalbociclibのDNA修復応答への影響を検討した。4Gy照射後のHPV陽性/陰性細胞に対して53BP1の免疫染色を行い、focusを認める細胞割合を経時的に示したところ、HPV陰性細胞でのみpalbociclib処理群でその減少が緩やかであった。これはpalbociclibによりDSB修復が障害されていることを示唆する。また、palbociclibと放射線照射(1 Gy)を併用した細胞集団にコルセミド処理を行いmetaphase(分裂中期)の細胞を観察すると、二動原体などの染色体異常が形態的に確認された。
Rad51とBRCA1はともにhomologous recombination(HR)に重要な因子であるが、E2Fの転写標的であることが知られており[2]、ウエスタンブロット解析ではHPV陰性細胞へのpalbociclib処理によりいずれも発現が抑えられていた。免疫染色により照射後の経時的なRad51、BRCA1の集積効率を評価したところ、palbociclib処理群で大幅な低下を認めた。さらに、DR-GFP(ダイレクトリピートGFP)を導入したU2OS細胞では、palbociclib処理群で有意なHR活性の低下を認めた。
Palbociclib・放射線(1Gy)併用により異常な核分裂形態を示す細胞割合の大幅な増加を認めており、これらの結果から著者らは、palbociclibにより生じたDNAダメージの修復の遅れとHR活性の低下が放射線照射によるダメージを蓄積させ、結果として分裂期におけるマイトティック・カタストロフィとして観察された、と結論付けた。
【まとめ】
本研究において著者らは、HPV陰性HNSCC細胞において、CDK4/6阻害剤であるpalbociclibによりHRが障害され放射線増感効果がみられたこと、またそのバイオマーカーとしてRBのリン酸化が重要であることを示した。
近年、がんゲノム医療が注目を集めており、本邦においても既にがん遺伝子パネル検査が保険収載されているが、頭頸部癌のgenomic findingsとしてはp16をコードするCDKN2Aの不活性化変異やCCND1の増幅など、CDK4/6阻害剤を治療候補とする遺伝子変異が検出される症例は多い[3]。特にpalbociclibは乳がんでは標準治療としてすでに使用されており、現在のがんゲノム医療の課題である薬剤への到達性の低さに対する出口戦略の候補の一つとして挙げられる薬剤である。がんゲノム医療と放射線治療を組み合わせた新規治療法の開発が期待される。
【参考文献】
[1] Green SL, Freiberg RA, Giaccia AJ. p21(Cip1) and p27(Kip1) regulate cell cycle reentry after hypoxic stress but are not necessary for hypoxia-induced arrest. Mol Cell Biol 2001; 21: 1196-1206.
[2] Ren B, Cam H, Takahashi Y, et al.E2F integrates cell cycle progression with DNA repair, replication, and G(2)/M checkpoints. Genes Dev 2002; 16: 245-256.
[3] René Leemans C, Snijders PJF, Brakenhoff RH. The molecular landscape of head and neck cancer. Nat. Rev. Cancer 2018; 18: 269-282.