日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ガドリニウム含有ナノ粒子の単色X線照射による研究が放射線治療の進歩を牽引する

論文標題 Studies on the Exposure of Gadolinium Containing Nanoparticles with Monochromatic X-rays Drive Advances in Radiation Therapy
著者 Tamanoi F, Matsumoto K, Doan TL, Shiro A, Saitoh H
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nanomaterials, 10(7): 1341, 2020
キーワード monochromatic X-ray , mesoporous silica nanoparticles , high-Z elements , tumor spheroids

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【序章】
ナノテクノロジーは、がん治療などの生物医学的応用に有用なナノ材料を多様化させてきた。特に注目されている40~400 nmのナノ粒子はエンドサイトーシスによってがん細胞内に効率的に取り込まれ、細胞核周囲に局在するエンドソームやリソソームに蓄積する。さらに、ナノ粒子は能動的な標的に結合する機構だけでなく、受動的な増幅透過性または保持(EPR)機構を介して腫瘍内に蓄積される。ナノテクノロジーと放射線治療を統合することで、放射線治療強化のための様々なアプローチが生み出され、また新たに大きな原子番号(高Z)の元素を含むナノ粒子も開発された。腫瘍を標的とするナノ粒子は放射線治療に極めて重要であり、組織培養モデル、動物モデル、臨床試験で評価されている。本論文では特に、新規ナノ粒子としてガドリニウムを表面に結合させたメソポーラスシリカナノ粒子Gd-MSN(Gd-mesoporous silica nanoparticles)を紹介している。
Gd-MSNは、放射線増感剤、磁気共鳴イメージング(MRI)増感剤、また中性子治療の薬剤として有用である。本論文は、これを利用した近年の研究を紹介するとともに、関連するナノ粒子の研究についても言及したreviewである。

【2章:単色X線およびオージェ効果】
放射線治療には1 pm~10 nmの波長範囲の広範囲なエネルギーを含む白色X線が使用されるが、白色X線を分光器により単一エネルギーの単色X線にすることで、より効果的な放射線治療が実現される。金、銀、ガドリニウム、ヨウ素などの高Z*元素にK吸収端エネルギーよりも高く調整した単色X線を照射すると、K殻内の電子が原子外に放出され、そこに外殻の電子が遷移する(光電効果)。その際の余剰エネルギーを他の準位の電子が受け取ることで原子から放出される(オージェ電子)。ラジカル生成とこれを介した間接効果だけでなく、オージェ電子との相互作用による直接効果により、DNA鎖切断を伴う強力な細胞致死効果が現れる。高Z元素を用いることで単色X線の効果を増幅させ、オージェ効果に基づくがん治療の実現が可能になる。(*紹介者注:著者はAu Gd, Ag, I, Biなどを高Z(大きな原子番号)の元素としている)

【3章:放射線増感剤としての多様なナノ粒子の開発;ガドリニウムナノ粒子への注目】
高Z元素(Au, Ag, Gd, Biなど)を含むナノ粒子は、放射線増感剤として開発されてきた。ガドリニウム含有ナノ粒子は、中性子捕捉剤としてだけでなく、放射線増感剤やMRI増感剤としても有用である。本論文ではガドリニウム含有ナノ粒子リストに新たに加わったGd-MSNに着目し、腫瘍スフェロイドを用いて放射線増感効果を調べた結果が報告されている。

【4章:発展するナノ粒子代表のガドリニウム含有メソポーラスシリカナノ粒子Gd-MSN】
メソポーラスシリカナノ粒子をベースにして作成されたGd-MSNは、合成及び化学修飾の容易性など、様々なナノ粒子の中でも多くの利点を持っている。MSNの特徴は、様々な化合物の付着を可能とする広大な表面積である。約100 m^2/gものMSN表面には多様な官能基を付着させたり、表面に疎水性の膜の機能を付加することも可能である。著者らは、アミン修飾MSNを作成し、ガドペンテティック酸と培養することでガドリニウムをMSNの表面に結合させたメソポーラスシリカナノ粒子Gd-MSNを作成した。

【5章:ガドリニウム含有MSNとともに培養した腫瘍スフェロイドの単色X線照射】
放射光施設(SPring-8)から得られるGdのK吸収端近傍の単色X線Gd-MSNとともに培養した腫瘍スフェロイドを照射(試料位置の光子束は、3.11×10^6光子/秒)した後、スフェロイドを培養観察した結果、スフェロイドの破壊に照射時間及びGd-MSN量が相関するとともに、単色X線エネルギーへの依存性が報告された。特定のエネルギー(50.25keV、下記紹介者注を参照)の単色X線とガドリニウム含有ナノ粒子を併用することで有効に腫瘍の破壊が可能であることが示唆された。近年、コンパクトなレーザーの放射光X線源が開発され、将来的に単色X線が臨床現場で広く使用される可能性が高まる。
(紹介者注:50.25keVは、ガドリニウムのK吸収端を僅かに超えたエネルギーで、ガドリニウムのオージェ効果が起こる)

【6章:ガドリニウム含有ナノ粒子Gd-MSN利用の将来性】
メソポーラスシリカナノ粒子(MSN)は生体適合性がある一方で体内に残存する可能性があるため、MSNへの生分解性の付与および分解性の増幅が研究されている。周期性メソポーラスシリカナノ粒子(PMO)開発を利用して、生分解性結合を組み込んだナノ粒子は、生分解性周期性メソポーラス有機シリカ(BPMO)と呼ばれ、in vitro実験において、BPMOの分解およびBPMOによる抗がん剤の輸送が報告されている。4章で記述したMSNに用いた手法を応用することでBPMOへのガドリニウム結合が実現すれば、生体に対して安全かつ強力な抗がん剤及び放射線の増感剤になり得る。

【7章:高Z元素を保持したナノ材料の特性の評価に有用な腫瘍オルガノイドモデルの開発】
Gd-MSNの効果を検証するとき、腫瘍を模倣した三次元的にがん細胞を配置させた腫瘍スフェロイドが用いられてきた。腫瘍スフェロイドは二次元の組織培養細胞に比べると実際の腫瘍組織を再現しており腫瘍中心部に壊死領域を有することも実際のヒトの腫瘍に近く、抗がん剤に対する反応も二次元の組織培養細胞のそれとは異なる。がん細胞のみで構成される腫瘍スフェロイドは、間質細胞やマクロファージなどの他の細胞を添加して、腫瘍の微小環境を再現することが可能である。近年では患者腫瘍由来の細胞を用いて患者の腫瘍を模擬する腫瘍オルガノイドを開発する試験も行われており、精密医療発展の貢献が期待される。

【8章:X線以外の照射と各種ナノ材料の開発】
まず中性子線を使用した例として、熱中性子をホウ素(B-10)に照射し放出されたα線の効果を利用するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)や、BNCTよりもエネルギー集中度合いは低いものの、ホウ素より中性子捕獲断面積が高く自然存在量の多いガドリニウムに熱中性子を照射し、放出されたγ線と電子による効果を利用するガドリニウム中性子捕捉療法(GNCT)が挙げられる。次に、陽子線を使用した例としてホウ素に陽子線を照射し、放出されたα線の効果を利用する陽子線ホウ素捕獲療法(PBCT)は、有効ながん治療法であり腫瘍の部位(体表からの深さ)に応じてエネルギー吸収のレベルを高めることが可能である。ガドリニウム系ナノ粒子AGuIXを併用することで炭素イオンビームの照射効果を高め、ヒト腫瘍細胞内の狭いDNA領域で複数のDNA損傷を誘発させることも既に報告されている。今後の様々なナノ材料の開発に伴い、放射線治療が大きく促進される可能性がある。

【終章】
放射線治療の重要な線源であるシンクロトロン単色X線は、ガドリニウムのような高Z元素への照射オージェ電子の放出を含む光電子効果を誘発し、これを利用したがん治療の実現が期待されている。ガドリニウム含有メソポーラスシリカナノ粒子(Gd-MSNs)を含め、さらに新しいナノ粒子の開発も期待されているこれらのナノ粒子のX線照射の増感効果を評価することも重要である。がん細胞モデルや動物モデルに加え、腫瘍オルガノイドモデルはX線照射によるがん組織破壊誘導の能力を調べるための多彩かつ簡便な手法を提供するために発展していくだろう。