日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

書評:アクティブラーニングで学ぶ震災・復興学 〜放射線・原発・震災そして復興への道

論文標題
著者 庄司美樹、新里泰孝、橋本勝
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
総頁数:176ページ (本体1,500円+税)、2020年9月発行、六花出版 ISBN:978-4-86617-100-5
キーワード

 書籍、論文などにおいてタイトルは最も短い要約(アブストラクト)であると言われる。この書籍のタイトルはその内容や特色を実にコンパクトに、また的確に示したものと言える。
 本書は、富山大学における文理にまたがる教養総合科目「富山から考える震災・復興学」の授業実践を元にまとめられたものである。端緒は2011年3月の東日本大震災およびこれによって引き起こされた福島第一原発事故にある。放射線に加え、社会科学、情報科学の教員が2011年から震災、復興に関する学習を早速授業に取り入れ、次に分野を超えた教員の連携による全学一体の教育、研究体制を構築し、さらに2018年からアクティブラーニングの手法を取り入れたことで本書にある学問体系が構築された。
 本書は2部14章から構成され、各章が1回の授業に相当するものと思われる。第一部「放射線と原発」は6章からなり、放射線に関する物理学、化学、生物学的基礎、医療応用、原子力発電の仕組みや福島第一原発事故の概要など、主に理工学的な内容である。この広範な分野のエッセンスが図も交えながら80ページにコンパクトにまとめられている。一方、第二部「震災と復興」は8章からなり、エネルギー・環境・経済、被災地での産業、コミュニティやその復興など経済学、社会科学、人文科学的な内容である。これは放射線、原子力などの理工系研究者・教育者・技術者にとって大変有益な部分と思われる。富山大学が位置する富山県と、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県、宮城県、福島県、茨城県の具体的事例を通じて、SEEA(System of the Integrated Environmental Economic Accounting、環境経済統合勘定)、社会的費用、価値空間と空間価値などの経済学的、社会学的概念を理解することができる。放射線、原子力関連の書籍や教科書は数多くあり、2011年以降一般向けに書かれたものも多くある。しかし、その中でこのような切り口で書かれたものはほとんどない。本書は放射線科学の本でも、原子力工学の本でもなく、新しい学問体系「震災・復興学」の本である。
 もう一つの特色は、各章の最後(一部は途中)にアクティブラーニングの課題が載っていることである。設問はいずれも答えが一つではない、あるいは必ずしも正解が存在しないものである。また、高度の専門的知識(各章で述べられた内容は別として)を要するものではなく、生活に密着したものも多く、誰もが意見を出しやすいものになっている。その一方で、各自の関心によってはどこまでも深められる問題でもある。このような設問についてグループ討論を行うこととなっており、活発な意見交換が行われた様子が想像される。最近、大学、大学院でアクティブラーニングが求められる中、それをいかに組み立てるかについて大いに参考になるものである。本書は大学、大学院の教員にとって、「アクティブラーニング」の優れた教科書、参考書である。