日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

臍帯血造血幹細胞における放射線誘発DNA損傷応答と前白血病融合遺伝子

論文標題 DNA damage response and preleukemic fusion genes induced by ionizing radiation in umbilical cord blood hematopoietic stem cells
著者 Kosik P, Durdik M, Jakl L, Skorvaga M, Markova E, Vesela G, Vokalova L, Kolariková L, Horvathova E, Kozics K, Belyaev I
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Scientific Reports (Sci Rep)・24;10(1)・13722・2020
キーワード Apoptosis , DNA damage repair , Hematopoietic stem cells , Preleukemic fusion gene

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【背景】
 白血病は造血幹・前駆細胞(HSPC)の異常な増殖が特徴であり、小児がんの中で最も多いことが知られている。また、多くの疫学的研究により、白血病の発生と放射線の関係性が示されている。前白血病融合遺伝子(PFG)は白血病の発生と治療に重要な因子である。一方、健康な被験者から得た臍帯血において、1~5%でPFGが観察されることが知られている。この頻度はPFG陽性白血病の発症率より有意に高いことから、特定のHSPC集団に生じたPFGのみが、将来的な白血病の発症に関わると推測される。しかしながら、HSPCの亜集団やリンパ球について、アポトーシスやDNA損傷を比較分析した研究は殆ど無い。そこで、本研究は、臍帯血中のCD34+HSPC及びCD34-リンパ球を対象に、放射線によるDNA損傷、アポトーシス及びPFG誘発について解析を行った。

【結果】
 初めに、筆者らはγ線照射後のアポトーシスについて、アネキシンV及び7AAD染色を用いて解析した。生存リンパ球の割合は、2、5又は30Gy照射後、3~24時間で有意に減少し、特に照射の24時間後では線量依存的な減少が観察された。対照的に、HSPCでは、照射による生存細胞の有意な減少は観察されなかった。また、照射から24時間後のリンパ球のアポトーシスは、HSPCより高頻度に認められた。従って、HSPCはリンパ球より放射線誘発アポトーシスへ耐性を示すことが示唆された。続いて、筆者らはHSPCをCD38-HSC/MPP(造血幹細胞/多能性前駆細胞)とCD38+前駆細胞に亜分類した上で、長期培養後のアポトーシスを解析した。照射から18~42時間後のHSC/MPPのアポトーシスに対する感受性は、前駆細胞より有意に高いことが明らかになった。特に、HSC/MPPの内在性(バックグラウンド)アポトーシスは、前駆細胞やリンパ球より高頻度に認められた。一方、照射から42時間後の、HSC/MPPの放射線誘発アポトーシスに対する感受性は、リンパ球と同程度であることが示された。これらの結果から、前駆細胞はアポトーシスに耐性であるが、HSC/MPPはアポトーシスに感受性であることが示唆された。従って、HSPCにおける放射線照射後のアポトーシスへの耐性は、HSPCの約90%を占める前駆細胞が有するアポトーシス耐性により引き起こされていることが明らかになった。
 次に、筆者らはγH2AXと53BP1染色を用いて、放射線によるDNA二重鎖切断の量及び、その後のDNA修復動態について解析した。照射から0.5時間後では、細胞の種類に関係なく、γH2AXと53BP1 fociの線量依存的な増加と共局在が観察された。放射線誘発53BP1 fociの数及びγH2AX/53BP1共局在率は、HSPCにおいてリンパ球よりも高いことが観察された。対照的に、γH2AX fociの数はHSPCとリンパ球で有意な差が認められなかった。従って、HSPCとリンパ球はDNA損傷応答のシグナル伝達経路が異なることが示唆された。更に、照射から0.5~18時間後の観察により、リンパ球がHSC/MPP又は前駆細胞より高いレベルのγH2AX蛍光を発することが示された。従って、HSC/MPP及び前駆細胞における内在性及び照射誘発DNA損傷/初期アポトーシスの蓄積は、リンパ球より少ないことが示唆された。
 次に、筆者らはγ線2Gy照射後の各細胞集団についてコメットアッセイを実施し、DNA損傷を解析した。細胞の種類に関係なく、照射直後にDNA損傷の増加が観察され、照射から18時間後までに損傷は徐々に修復された。一方で、DNA損傷に対する反応の細胞集団間の違いは観察されなかった。
最後に、筆者らは5種類のPFGの有無についてRT-qPCRを用いて解析したところ、17.7 %の検体でPFGが認められた。最も高頻度に認められたPFGはBCR-ABLであり、他に、MLL-AF4やTEL-AML1も認められた。PFGは照射された検体で発生率が高くなる傾向が観察されたが、線量依存性や照射からの経過時間との関係性は観察されなかった。特に、BCR-ABLは検体を低線量(0.1又は0.5Gy)と高線量(2、5又は10Gy)に分けた場合、低線量の検体で多く見られた。従って、BCR-ABLが、特に低線量で、放射線に応答して有意に増加することが示唆された。

【まとめ】
 本研究は、放射線照射を行ったヒトHSPCについて長時間培養後に、亜集団に分けて解析を行うことにより、HSPC内の前駆細胞(CD34+、CD38+)が、内在性及び放射線誘発アポトーシスに対する高い耐性を有することを明らかにした。更に、本研究は、広い線量範囲で放射線によるPFG誘発について解析を行うことで、低線量で照射された血液細胞において、BCR-ABL融合遺伝子が非照射の細胞より有意に増加することを明らかにした。本論文は、放射線が誘発する白血病の起源細胞や発がんの初期過程を考える上で、興味深い知見を提供している。