日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

リチウム治療は放射線による神経前駆細胞の変化を元に戻し認知機能を救う

論文標題 Lithium treatment reverses irradiation-induced changes in rodent neural progenitors and rescues cognition
著者 Zanni G, Goto S, Fragopoulou AF, Gaudenzi G, Naidoo V, Martino ED, Levy G, Dominguez CA, Dethlefsen O, Cedazo-Minguez A, Merino-Serrais P, Stamatakis A, Hermanson O, Blomgren K
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Mol Psychiatry. 26: 322–340, 2021
キーワード Lithium , Irradiation , Hippocampal neural stem and progenitor cells , Neurogenesis , Cognitive impairment

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【背景・目的】
小児の脳神経組織への放射線治療は認知機能・心的状態・社会的能力へ有害な影響をもたらす。海馬の神経産生を利用した治療が注目されている。気分安定剤であるリチウムは神経保護・神経産生促進効果があり、また一部の腫瘍には抗腫瘍効果があると知られている。本研究は脳放射線照射後のリチウム治療が神経前駆細胞の増殖・生存率・樹状突起の方向性・認知機能に与える影響を調べ、照射後長時間が経過してからでも未熟な脳の神経産生と記憶障害を救うことができるか調べた。
【主な結果】
生後21日(postnatal day: PND21)のマウスに全脳照射4GyのX線照射を行い、PND49~PND77まで4週間リチウム含有の餌(2.4 g/kg Li2Co3)を与えた。
リチウム投与中止直後PND77に、照射後脳で歯状回の顆粒細胞層の神経幹・前駆細胞の増殖マーカーBrdU+細胞は83%増加した。リチウムによる未分化神経マーカーdoublecortin(DCX+)の細胞密度に変化はなく、DCX+細胞の細胞体の面積と樹状突起の複雑性は低下した。
リチウム投与中止2週間後PND91に、照射による歯状回のDCX+細胞数の減少はリチウム投与によって156%回復した。照射によって神経の樹状突起の方向が放射状から平行に変化するが、照射された脳で平行な樹状突起はリチウム投与によって41%から21%に減少した。また照射によって非照射と比べて7%に減少した樹状突起の複雑性がリチウム投与によって非照射レベルに回復した。
メカニズム解析のための細胞実験で放射線照射後のリチウムによる効果は、主に細胞骨格再編に関わるTublin polymerization-promoting protein (Tppp)をコードする遺伝子とシナプス伝達に関わるGAD65をコードする遺伝子glutamate decarboxylase 2 (GAD2)の発現変化によるものであり、それはTpppおよびGAD2の調節領域の5-methylcytosineの減少に起因した。確認のための動物実験でTpppの発現はPND77で変化がなく、PND91にリチウム投与照射群で上昇した。GAD65はPND77に照射群で減少し、PND91にリチウム投与照射群で上昇した。PND105に照射後脳で神経幹・前駆細胞のうち神経に分化するNeuN/BrdU+の割合は76%から40%に減り、アストロサイトに分化するS100β/BrdU+の割合は10%から21%に増加した。リチウム投与により前者は60%に後者は14%に修復された。
マウスの行動解析実験で、リチウムは中止4週間後、放射線による空間記憶・記憶保持障害を軽減した。

【考察・まとめ】
リチウムはマウス脳放射線照射後、長時間経過後からの投与で神経産生を救い、また投与中止後4週間かけて神経分化・統合が起こった。ヒトの脳放射線治療後のリチウム投与は、安全性を考慮して腫瘍の再発リスクが十分低くなった時期の、治療後数年後から始める、または神経の分化・成熟を促すために投与間隔をあけることが望ましい。