ATM阻害は、mtDNAの漏出とcGAS / STINGの活性化を促進することにより、癌免疫療法を増強する
論文標題 | ATM inhibition enhances cancer immunotherapy by promoting mtDNA leakage and cGAS/STING activation |
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著者 | Hu M, Zhou M, Bao X, Pan D, Jiao M, Liu X, Li F, Li C |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
J Clin Invest. 131(3):e139333, 2021 |
キーワード | mtDNA , cGAS/STING , ATM , type Ⅰ interferon , cancer immunotherapy |
【背景】
免疫チェックポイント阻害(ICB)療法は有効ながん免疫療法のひとつであるが、治療に反応する患者は全体の10-30%程度である。そのため、ICBを増強させる新しいアプローチが求められている。一方、ATMキナーゼはDNA二本鎖切断(DSBs)を感知し、修復機構を調整するのに中心的な役割を果たしている。近年、ATMキナーゼの阻害がICB療法を増強させることが示唆されているが、その明確なメカニズムは解明されていない。そこで、本研究ではATM阻害によるcGAS/STING経路の活性化と、その詳細なメカニズムについて検討した。
【結果】
1. ATMの腫瘍成長への影響を調べるため、免疫原性の低いマウス乳がん4T1細胞においてATMノックアウト(ATM-KO)細胞を作製し、BALB/Cマウスに移植した腫瘍移植モデルマウスを作製した。経時的に腫瘍体積および生存率を調べたところ、ベクターコントロール細胞移植マウスでは腫瘍が形成されたのに対し、ATM-KO細胞移植マウスでは腫瘍が形成されなかった。また、マウスメラノーマB16F10細胞を用いた場合にもATM-KO細胞を移植したマウスには腫瘍が形成されなかった。次に、ATM-KO細胞を移植し、腫瘍が形成されずに消失したマウスに続けてベクターコントロール細胞を移植したところ、ベクターコントロール細胞は定着しなかった。これらの腫瘍組織拒絶反応の結果から、腫瘍細胞のATMが宿主の免疫系に関与することが示唆された。次に、B16F10細胞のATM-KO細胞を移植したモデルマウスを用い、抗PD-1治療を実施した。経時的に腫瘍体積および生存率を調べたところ、ATM-KO細胞移植自体に腫瘍成長抑制が見られ、抗PD-1治療の腫瘍成長抑制作用を増強した。さらに、ATMキナーゼ阻害剤AZD1390では、抗PD-1治療と同様にATM-KOとの相乗作用が得られた。以上の結果から、ATM阻害は腫瘍成長を著しく抑制し、抗PD-1療法に対する腫瘍抵抗性を回復させることが示唆された。ATMを欠損した4T1細胞のRNA-seqデータの遺伝子セットエンリッチメント解析したところ、細胞免疫応答に関与する遺伝子が高発現していた。
2. また、cGAS/STING経路および抗PD-1治療の相乗作用への関与が知られている自然免疫経路に注目したところ、ATM-KO細胞ではcGAS/STING経路の下流にあるインターフェロン刺激遺伝子(ISGs)の発現が亢進した。これは、4T1細胞、B16F10細胞、ヒト乳がんMDA MB-231細胞のすべてで同様の結果が得られた。次に、ATM阻害剤(AZD1390およびKu55933)がATMの遺伝的欠損と同様にcGAS/STING経路の活性化とその下流のシグナル伝達誘導を引き起こすことが示唆された。さらに、がん患者の転写レベルでのATMとISGsの関連性を調べるため、TCGAデータベースを解析したところ、ATM発現量とISGs発現量は負の相関を示した。
3. ATM欠損によるcGAS/STING経路の活性化に関与する分子メカニズムを解明するため、細胞質に含まれるDNAを解析したところ、ATM-KO細胞の細胞質分画のミトコンドリア由来DNAのコピー数が増加した。また、ATM阻害剤処理後の細胞質DNAを解析したところ、ATM-KO細胞と同様にミトコンドリア由来DNAのコピー数が増加した。さらに、ATM-KO細胞ではミトコンドリア周辺にdsDNAが局在していた。また、低濃度の臭化エチジウムでmtDNAを枯渇させると、ATM欠損によるcGAS/STING経路の活性化が抑制された。これらの結果から、ATM欠損はmtDNAの細胞質への放出を引き起こすことが示唆された。
4. TFAMはミトコンドリアの生合成の主要なレギュレーターであり、ミトコンドリア複製の制御因子である。ATM欠損細胞および阻害剤処理後の細胞ではTFAMの発現量が減少していた。また、TFAM-KO細胞ではcGAS/STING経路の活性化と共に、細胞質に存在するmtDNAコピー数が増加した。ATM-KO細胞でTFAMを過剰発現させたところ、ATM欠損によるcGAS/STING経路の活性化が抑制され、ミトコンドリアからのDNA放出が低下した。がん患者のTCGAデータベースにおいても、ATMの発現がTFAMの発現と正の相関を示した。つまり、TFAMの下方制御はATM欠損誘導性cGAS/STING経路の活性化に関与することが示唆された。
5. 細胞質内のdsDNAを感知するcGAS/STING経路へのATMの関与を詳細に検討するため、cGAS、TBK1、STINGとATMの二重欠損(DKO)細胞をそれぞれ作出した。ATM/cGAS-DKO細胞、ATM/TBK1-DKO細胞、ATM/STING-DKO細胞ではATM欠損細胞におけるISGs転写活性化が抑制された。これらの結果により、cGAS / STING経路が主にATM欠損によって誘発されるISG活性化の原因であることが示唆された。移植腫瘍モデルにおいてATM-KO、ATM/cGAS-DKO、ATM/TBK1-DKO、ATM/STING-DKO細胞の腫瘍形成率を比較したところ、cGAS、TBK1、STINGの欠損は、ATM-KO細胞によって誘発される抗腫瘍免疫を抑制した。さらに、ATM/cGAS-DKO、ATM/TBK1-DKO、ATM/STING-DKO細胞の腫瘍では、抗PD-1治療の抗腫瘍作用を抑制した。
6. ICB療法の有効性は腫瘍浸潤リンパ球と関連していることが知られている。ATM欠損B16F10腫瘍におけるCD8+およびCD4+ T細胞浸潤の有意な増加が見られた。さらに、ベクターコントロール腫瘍と比較してATM欠損B16F10腫瘍では、活性化した細胞傷害性T細胞の指標であるグランザイムB+ CD8+およびIFN-γ+ CD8 + T細胞のレベルの上昇も見られた。また、ATMの欠損により、NK細胞、マクロファージ、およびγδT細胞の浸潤が増強された。これに対して、ATM欠損腫瘍ではTregの有意な増加は観察されなかった。ATM欠損B16F10腫瘍のTCGAデータベースを解析したところ、免疫シナプス、リンパ球共刺激、TCRシグナル伝達を含むいくつかの重要なシグナル伝達経路がATM欠損腫瘍で有意に増強された。さらに、抗体ベースの方法を使用して、CD8+T細胞、CD4+T細胞、およびNK細胞を枯渇させたところ、特にCD8+またはCD4+T細胞の枯渇は、それぞれATM欠損B16F10腫瘍増殖遅延を減弱した。
7. ICBがん治療におけるATMの役割を調査するために、メモリアルスローンケタリングがん研究所による2コホート(MSK-TMB、MSK-IMPACT)を解析した。ICB療法が治療プロトコルに組み入れられているMSK-TMBコホートでは、さまざまな種類のがん患者の約6.32%がATM遺伝子に変異を持っていることがわかり、ATM変異のある患者は全生存期間が有意に優れていた。しかし、ICB治療が組み入れられていないMSK-IMPACTコホートでは、全生存期間に有意な差は検出されなかった。そのため、変異型ATMはICB療法の反応性に関する有望な予測バイオマーカーであることが示唆された。
【まとめ】
ATM欠損はcGAS/STING経路を介して腫瘍微小環境の自然免疫因子を刺激することが示唆された。つまり、ATMがTFAMレベルを維持することで、mtDNAの細胞質内漏出および細胞の自然免疫応答を抑制するというメカニズムが明らかとなった。さらに、ATMの小分子阻害剤を全身のcGAS / STING活性化因子として使用することで、ICB療法と併用できる可能性が考えられる。AZD1390やAZD0156などのATM阻害剤は、放射線療法の増感剤としてすでに臨床試験で評価されており、ATMはICB療法における予測バイオマーカーかつ治療標的としての応用が期待される。