低レベル放射線被ばくと循環器疾患リスク
論文標題 | Systematic Review and Meta-Analysis of Circulatory Disease from Exposure to Low-Level Ionizing Radiation and Estimates of Potential Population Mortality Risks. |
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著者 | Little MP, Azizova TV, Bazyka D, Bouffler SD, Cardis E, Chekin S, Chumak VV, Cucinotta FA, de Vathaire F, Hall P, Harrison JD, Hildebrandt G, Ivanov V, Kashcheev VV, Klymenko SV, Kreuzer M, Laurent O, Ozasa K, Schneider T, Tapio S, Taylor AM, Tzoulaki I, |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Environ Health Perspect, 120, 1503-1511, 2012 |
キーワード | 低線量放射線 , 低線量率 , 循環器疾患リスク , 過剰相対リスク , 被ばく誘発死亡リスク |
低線量放射線の健康リスクに関係するのは主にがんであると考えられているが、高線量(放射線治療を受けた患者、動物実験)では、心臓、冠状動脈、頸動脈、他の大きな動脈の障害が観察される。一方、0.5Gy以下の被ばくと晩期循環器疾患リスクの関連は、よくわかっていない。本論文は、低レベル放射線と循環器疾患の関連をシステマティックにレビューし、様々な国の集団における死亡リスクを推定した上、がん死亡リスクと比較している。
具体的には、1990年以降に出版された数千の関連する査読付文献の中から、2名の研究者の二重の作業によっていくつかの条件を満たすものを絞り込み、10文献を得た。絞り込まれた10文献は、原爆被爆者LSSコホート及びAHSコホート、マヤック労働者心血管及び脳血管疾患、チェルノブイリ緊急労働者、独ウラン鉱山労働者、フランス電力労働者、エルドラド社ウラン産業労働者、英国放射線労働者、15か国原子力等労働者の各調査に関するものである。
次に、これらの文献における線量当たり過剰相対リスク(ERR/Sv)を集計している。集計においては、固定効果モデル(各文献は同一のリスク値を何度も測定したものと仮定し、その値を推定する方法)による集計と、ランダム効果モデル(各文献は同一の母集団からサンプリングされた異なる集団のリスク値を測定していると仮定し、母集団のリスク値を求める方法)による集計の両方を行った。
さらに、英国、日本等の9か国の人口構成とベースラインリスクを元に、5年の潜伏期の後から生涯にわたって上記ERR/Svが適用されるというモデルを仮定して、これらの集団の絶対リスクの指標となる、被ばく誘発死亡リスク(risk of exposure-induced death, REID)や、その他の指標を求めた。
主な結果としては、まず、絞り込まれた10文献内で出版バイアス、選択バイアスの証拠を検討したが、フランス電力労働者調査(Laurent et al., 2010)以外の文献のみ、ERR/Svが極端に異なっていた。これを除外した上で、各疾患の集計されたERR/Svを計算したとこり、次のことがわかった。
・虚血性心疾患のERR/Svは、集計に用いたモデルの種類によらず有意で、その推定値は0.10(95%信頼区間0.04–0.15
)。文献間の不均一性は認められない。
・非虚血性心疾患のERR/Svは、固定効果モデルでのみ有意で、その値は0.12(同–0.01–0.25)。文献間の不均一性は認
められない。
・脳血管疾患及びその他の循環器疾患のERR/Svは、集計に用いたモデルの種類によらず有意で、その推定値は0.1から
0.2くらいであるが、文献間の不均一性も有意である。
また、一文献ずつ除外してERRを計算しても、多くの場合、同様の結果であった。
次に、集団の絶対リスクの推定を行ったところ、全循環器疾患のREIDは国によって2.5~8.5%/Svと推定された。その内訳は、第一には脳血管疾患、次いで虚血性心疾患が大きかった。また、今回の集計では被ばく時年齢の効果を考慮しておらず、被ばく時の年齢がいくつであっても多くの場合に約5.3%/Sv(英国の場合)となる。一方、原爆被爆者の文献で認められている被ばく時年齢の効果をモデルに取り入れると、10歳未満の被ばくの場合に20.73%/Sv、30歳代では7.48%/Sv、60歳代では3.57%/Sv(英国の場合)のようになった。なお、固形がんのREIDは国によって4.2~5.6%/Svであり、同じくらいだと主張している。
以上のように、低レベル放射線被ばくと循環器疾患リスク増加に有意な関連があることが、文献のメタ解析によって示唆された。ただし、高線量群(0.5Gy以上)を含む文献も複数あり、これらの群の影響を受けている可能性もある。線量効果関係について、著者らは多くの文献で直線性が示唆されるとし、低線量での循環器疾患誘発を示唆する生物学的仮説(血管内膜における単核球の致死作用など)があること、低線量率でも同程度のリスクがあることから、放射線防護に関連する線量・線量率で循環器疾患のリスクが存在するかもしれないと考察している。REIDの推定については、ERR/Svは時間に対し一定であるという仮定を用いていること、文献間に不均一性がある疾患でも単一のERRを使用している点に限界がある。文献間の不均一性については、調整できなかったリスク要因が交絡もしくは修飾因子となっている可能性を考察している。
したがって、今後必要な研究として、これらの調査における潜在的な交絡因子等を明確化することが挙げられる。また、これらの疾患が誘発される生物学的機構の解明も重要である。著者らは、放射線防護上の意義として、集団ベースの循環器疾患死亡リスクの推定値ががん死亡リスクのそれと同程度に高いため、放射線と循環器疾患の関連が低線量でも線量に比例するような因果関係によるものであるとした場合、死亡リスクの合計は、がん死亡リスクのみを考えた場合の2倍になりうるとしている。
循環器疾患リスク評価の現段階での決定打を出そうとがんばった仕事である。気になるのは、文献間の不均一性のため脳血管疾患リスク推定値の確実性は低いが、著者らによるREID推定値への寄与は、その脳血管疾患が最も大きいことである。そのため「リスク評価値は2倍の可能性」については、現時点ではあまり強調できないのではないだろうか。
紹介者:今岡 達彦(独立行政法人放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター発達期被ばく影響研究プログラム反復被ばく研究チーム)