ジスルフィラムは銅の酸化還元サイクルを介して低酸素状態のがん細胞に対する選択的な毒性および放射線化学増感を引き起こす
論文標題 | Disulfiram causes selective hypoxic cancer cell toxicity and radio-chemo-sensitization via redox cycling of copper |
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著者 | Falls-Hubert KC, Butler AL, Gui K, Anderson M, Li M, Stolwijk JM, Rodman SN 3rd, Solst SR, Tomanek-Chalkley A, Searby CC, Sheffield VC, Sandfort V, Schmidt H, McCormick ML, Wels BR, Allen BG, Buettner GR, Schultz MK, Spitz DR. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Free Radic Biol Med. 150: 1-11, 2020. |
キーワード | 銅 , 低酸素 , 活性酸素 , ジスルフィラム , 放射線増感 |
【背景】
非小細胞肺がんは低酸素状態やがん幹細胞の存在などによりしばしば治療抵抗性になり、患者の5年生存率は20%未満である。ジスルフィラム(DSF)はアルコール依存症の治療薬として長年使用されてきたアルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)阻害剤である。
近年、DSFは生理的な濃度の銅と併用することで様々な機序でがん細胞に細胞死を誘導し、化学療法を増強する抗がん剤としての可能性が注目されている。DSFは正常細胞ではなくがん細胞に対して選択的に細胞毒性を引き起こすことが報告されているが、その詳細な機序は明らかになっていない。
筆者らはDSFが生体内で銅をキレートしがん細胞の銅イオノフォアとして作用することに着目し、細胞内に取り込まれたCu(+)が活性酸素種の産生を誘導し正常細胞とがん細胞の酸化還元代謝の違いにより選択的な細胞毒性を示すという仮説を立てた。また、低酸素状態の細胞は銅の取り込みが増加することや、DSFが放射線照射によるALDH1陽性がん幹細胞の増加を抑制することから、筆者らは治療抵抗性のがん細胞に対してもDSFが放射線・化学増感作用を示す可能性があると考え検討を行った。
【DSFは低酸素状態のがん細胞に選択的に細胞毒性を示し、その細胞毒性はCu(+)に依存する】
本研究ではヒト非小細胞肺がんNCI-H292細胞、H1299細胞をマウスに異種移植し成長した細胞に由来するH1299T細胞、正常細胞としてヒト気管支上皮HBECを使用した。In vitroにおいて培地中の銅濃度は低いことから、生体内の血清中の銅濃度(約100 µg/dL)を反映するために15 µM 硫酸銅を添加した。また、通常の培養条件は21% 酸素濃度(21% O2)であり、腫瘍中の低酸素濃度を1% 酸素濃度(1% O2)として実験を行った。以下DSFと銅の併用はDSF/Cuと示す。
DSFの細胞毒性をコロニー形成法によって評価した。DSFは銅と併用することで細胞毒性を発揮し、正常細胞と比較しがん細胞で選択的に細胞毒性を示した。また、低酸素状態のがん細胞により強力に細胞毒性を示した。
細胞内の銅の存在量をICP-MSによって評価した。DSF/Cu処理によって正常細胞よりもがん細胞で多くの銅が存在し、さらに低酸素状態のがん細胞で最も多くの銅が存在した。次に銅の取り込みを硫酸銅の代わりに15 µM Cu-64でラベルされた塩化銅を使用し、液体シンチレーションカウンターを用いて放射能を計測することで評価した。銅の取り込みは低酸素状態のがん細胞で亢進していた。
ICP-MSによって低酸素状態のがん細胞ではDSF/Cuを除去しても高い銅の含有量が維持されていることが明らかとなったため、銅を細胞外へ排出する役割を持つATP7Bを過剰発現させDSF/Cuの細胞毒性を検討した。21% O2と1% O2のどちらにおいてもATP7Bの過剰発現によりDSF/Cuの細胞毒性は減弱したが、特に低酸素状態のがん細胞においてその減弱効果は大きかった。以上のことからDSF/Cuの毒性は細胞内の銅の含有量に依存することが示唆された。
細胞毒性に関与している銅がCu(+)であるか調べるために、選択的にCu(+)をキレートするバソクプロインジスルホン酸(BCS)を使用した。コロニー形成法により、DSF/Cuの細胞毒性はBCSによって抑制されることが明らかとなった。以上のことからDSFの細胞毒性にCu(+)が寄与することが示唆された。
【DSF/Cuの細胞毒性は酸化ストレスに関連する】
Cu(+)は酸素と反応してスーパーオキシドや過酸化水素を生成することから、カタラーゼの阻害剤である3-ATを用いて細胞内過酸化水素濃度を測定した。がん細胞においてDSF/Cuは過酸化水素の産生を誘導することが明らかとなった。また、γ-グルタミルシステイン合成酵素阻害剤のBSOやチオレドキシン還元酵素阻害剤のオーラノフィンによってDSF/Cuの細胞毒性は増強された。さらに、カタラーゼやCu, Znスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の過剰発現、SOD模倣薬のGC4419によってDSF/Cuの細胞毒性は減弱したが、低酸素状態のがん細胞に対する効果は限定的であった。
低酸素状態のがん細胞に対する細胞毒性の機序を調べるために、フローサイトメトリーによりミトコンドリアの酸化ストレスや膜電位、脂質過酸化を測定した。低酸素状態のがん細胞はDSF/Cuによってより強いミトコンドリア酸化ストレスや膜電位の低下、脂質過酸化が誘導された。以上のことから21% O2の通常培養条件下でのDSF/Cuによる細胞毒性はスーパーオキシドや過酸化水素が関与するが、低酸素状態のがん細胞においてはミトコンドリア酸化ストレスや脂質過酸化が関与することが示唆された。
【DSFは放射線・化学増感作用を示す】
コロニー形成法によってDSF/Cuの放射線またはカルボプラチンとの併用による細胞毒性を評価した。どちらの併用も正常細胞では増感効果を示さなかったが、低酸素状態のがん細胞において増感効果を示した。さらに、DSF/Cu はALDH陽性がん幹細胞の放射線感受性を高めた。
H292細胞を異種移植したヌードマウスにおいてDSFは放射線およびカルボプラチンの腫瘍成長抑制効果を増強した。また、DSFはこれらのがん治療による体重減少を抑制し、腫瘍内の銅含有量を増加させた。
【まとめ】
本研究により、DSFの細胞毒性はスーパーオキシドや過酸化水素、脂質過酸化、銅含有量の増加が関与することが示唆された。また、DSFはがん細胞に選択的に細胞毒性を発揮し低酸素環境で増強され、がん幹細胞にも効果を発揮したことから治療抵抗性のがん細胞にも有効であることが示唆された。In vivoにおいてDSFは放射線・化学増感作用を示し、これらのがん治療による体重減少を抑制した。このことは臨床現場でDSFを使用することを想定する上で興味深い知見である。DSFは正常細胞とがん細胞の酸化還元代謝の根本的な違いを利用した、放射線・化学療法の有望なアジュバントとなることが期待される。