日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

p53動態は組織によって異なり、放射線感受性と関連がある

論文標題 p53 dynamics vary between tissues and are linked with radiation sensitivity
著者 Stewart-Ornstein J, Iwamoto Y, Miller MA, Prytyskach MA, Ferretti S, Holzer P, Kallen J, Furet P, Jambhekar A, Forrester WC, Weissleder R, Lahav G.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Commun. 12: 898, 2021.
キーワード p53 dynamics , 放射線感受性 , MDM2阻害剤

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【背景・目的】
 癌抑制因子であるp53は、ストレス応答における主要な制御因子であり、放射線感受性の決定にも重要な役割を果たしている。しかし、腸管およびリンパ組織では、同程度のp53発現レベルであるにも関わらず、異なる放射線感受性を示すことが報告されており、各組織におけるp53を介した変化が放射線感受性に影響している可能性が考えられる。また、近年、一つ一つの細胞におけるp53の発現動態が、細胞運命を制御する上で重要な役割を示すことが報告されていることを踏まえ、この紹介論文では、腸管およびリンパ組織に着目し、p53の動態変化が放射線応答に及ぼす影響をin vivoにおいて検討するとともに、p53のnegative regulatorであるMDM2に対する新規MDM2阻害剤NMI801の併用がp53動態にもたらす変化と、その動態変化が組織における放射線感受性に及ぼす影響について検討を行った。

【結果】
 マウスに対して全身照射(γ線, 10 Gy)を行い、リンパ組織(脾臓、胸腺)および腸管(大腸、小腸)におけるp53発現について免疫染色にて評価したところ、照射2時間後の腸管では、特徴的なパターンを示しており、陰窩細胞において強発現が認められたのに対し、腸上皮細胞ではほとんど検出されなかった。また、DNA二重鎖切断のマーカーであるγH2AXの発現については、p53陽性の陰窩細胞では低く、p53陰性の絨毛では高かった。さらにp53とKi67の発現には重複が認められ、この結果は増殖細胞にp53が選択的に誘導されることを示唆している。細胞死について検討したところ、照射後、脾臓および胸腺では、腸管と比較して、アポトーシスが多く検出され、腸管ではp53陽性である陰窩基底部でのみアポトーシスが認められた。
 続いて、照射後のDNA損傷に対するp53動態の時間的変化について解析した。すると、腸管、リンパ組織ともに照射後2時間で発現量はピークに達するが、腸管では照射5時間後にはバックグラウンドレベルまで減少するのに対し、脾臓や胸腺では、照射7時間後まで高度な状態を維持していた。さらに、小腸では陰窩基底部で急速に高度なp53が誘導され、それが一時的である一方で、脾臓では一様に照射後2時間をピークとしたp53の誘導が認められ、少なくとも7時間後までその状態が維持された。このようなp53動態は、リン酸化p53および標的遺伝子であるMDM2, CDKN1A, PUMA mRNAレベルについても同様の傾向が認められた。以上から、p53動態は組織により異なり、照射後にアポトーシスが生じやすいリンパ組織ではp53およびその標的遺伝子が高度に維持される一方で、腸管のような抵抗性組織では一時的な上昇を示すことが明らかになった。
 p53動態の違いが放射線応答の差に起因することを検証するため、p53動態に影響し得る新規MDM2阻害剤NMI801を用いた。HEPA1C1C7マウス細胞(野生型p53)では、NMI801の添加により、p53の発現量は用量依存的に上昇し、1 µMの濃度では、約8時間にわたりp53が高度な状態が持続した。また、HCT116細胞(野生型p53)の異種移植モデルマウスにNMI801(200mg/kg)を10日間連続で経口摂取させたところ、腫瘍の増殖が抑制された。一方、p53が欠損したHCT116細胞を用い、同様の検討を行っても腫瘍抑制効果は認められなかったことから、NMI801のp53への特異性が示された。
 次に、放射線照射後のp53動態に対するNMI801の影響を検討した。小腸では、照射5時間後にはp53発現がベースラインまで低下するのに対し、NMI801を併用することにより、p53発現および転写活性が高度な状態で維持された。一方、脾臓では、照射のみでもp53の高度な発現が5時間以上維持され、NMI801を併用してもこの動態に有意な変化は認められなかった。さらに小腸における陰窩細胞のp53およびリン酸化p53発現を評価したところ、NMI801の併用により、いずれも上昇し、p53の標的遺伝子であるp21発現も陰窩細胞では増強していることから、NMI801によって誘導されるp53の発現上昇は機能的であることが示唆された。以上から、照射単独ではp53の一時的な上昇を示す小腸において、NMI801を併用することで機能的なp53の発現を持続させることが示された。最後に、HCT116細胞由来のマウス移植腫瘍に放射線照射およびNMI801投与による併用療法を行ったところ、NMI801併用により腫瘍中のp53発現が上昇するとともに腫瘍の増殖は抑制された。以上より、NMI801は、放射線照射後のp53動態を持続型へと転換させ、放射線抵抗性組織の放射線感受性を高めることが示された。

【まとめ】
本研究では、組織間で照射後のp53の動態が異なり、リンパ組織ではp53が高度に維持される一方で、腸管、特に陰窩において、p53の上昇は一時的であることを発見した。また、著者らにより開発された新規MDM2阻害剤NMI801は、機能的なp53の増加や活性維持によって、放射線抵抗性な腫瘍の感受性を高め、その増殖を抑制することを見出した。本研究は、p53動態を制御することで放射線感受性を高め、腫瘍の増殖抑制を図るといった治療戦略を提案している。一方でp53動態と放射線感受性の直接的な因果関係や、組織ごとにp53動態が異なる原因、そして同一組織内でp53レベルが不均一となる理由は本研究では明らかにされておらず、さらなる研究が期待される。