放射線誘発性の早発卵巣不全マウスモデルにおける卵母細胞の質の低下:受胎能を保持することのへの影響
論文標題 | Mouse model of radiation-induced premature ovarian insufficiency reveals compromised oocyte quality: implications for fertility preservation |
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著者 | Puy V, Barroca V, Messiaen S, Ménard V, Torres C, Devanand C, Moison D, Lewandowski D, Guerquin MJ, Martini E, Frydman N, Livera G |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Reprod Biomed Online. 43(5): 799-809, 2021 |
キーワード | 放射線 , マウス , 卵母細胞 , DNA損傷 , 異数性 |
【背景・目的】
哺乳類の大人の卵巣は、卵母細胞 (最終的に卵子となる) とこれを包む卵胞上皮細胞からなる卵胞を持っている。そして、卵巣中の卵胞の数には限りがあり、加齢とともに減少していく。卵母細胞が新しく作られることはなく、受胎能 (受精能) は放射線のような性腺毒性によって大きく影響を受ける。
これまでに、マウスモデルなどを中心に、生殖細胞の放射線感受性や受胎能に関する放射線影響が研究されてきたが、まだ理解されていないことは多い。本論文では、NMRI マウス (非近交系) と C57BL/6J マウス (近交系) を用いて、X 線またはガンマ線照射による卵母細胞の生死、DNA 損傷、そして、受胎能に対する影響について調べることを目的にしている。
【主な結果】
1. 休止中の卵母細胞 (原始卵胞) と発育中の卵母細胞 (発育卵胞) では放射線感受性が異なっていた
まず初めに、思春期前 NMRI マウスに、X 線またはガンマ線を全身照射 (0.02, 0.1, 0.5, 2, 8 Gy) した 48 時間後に、非照射マウスとあわせて、卵巣の組織切片を作製した。そして、卵胞の数を、休止中の卵胞である原始卵胞 (抗ミュラー管ホルモン, AMH 抗体染色陰性) と発育 (発生) の進んでいる発育卵胞 (AMH 抗体染色陽性) に分類して定量化した。その結果、放射線被ばくによって原始卵胞の数は大量に失われ、X 線およびガンマ線ともに LD50 (50% 致死量) は50 mGyより低かった。一方、発育卵胞は 8 Gy までの X 線およびガンマ線に耐性であった。
2. 原始卵胞の卵母細胞と発育卵胞の卵母細胞では、放射線によって誘導される DNA 損傷のレベルは類似していた
次に、原始卵胞と発育卵胞の放射線感受性が異なる理由を調べるために、ガンマ線 2 Gy を照射した 4 時間後に、γH2AX の foci を指標にした DNA 二重鎖切断の形成と、卵母細胞の DNA 損傷応答で重要な役割を担うチェックポイントキナーゼ (Chk2) の活性化 (リン酸化) を免疫染色によって調べた。その結果、原始卵胞と発育卵胞の間で、放射線によって誘導される DNA 二重鎖切断の数は類似していた。更に、全ての卵母細胞において Chk2 が活性化していた。しかしながら、照射 48 時間後の観察では、発育卵胞の γH2AX の foci の数が減少していた。
3. 発育卵胞に放射線照射しても受胎能には影響しないが、流産する割合が高くなった
最後に、発育卵胞の受胎能を評価するために、C57BL/6照射雌マウスと非照射雌マウスを照射 10 日後に非照射雄マウスと交配して、雌マウス 1 匹あたりから産まれる仔マウスの匹数を調べた。その結果、2 Gy のガンマ線を被ばくした雌マウスは、生き残った卵母細胞は卵胞形成を完了し、受胎・出産することができた (産まれた仔マウスの平均匹数:照射 5.1 匹, 非照射 7.2 匹)。しかし、照射雌マウスは、卵巣予備能 (卵子を作る力) の低下により、長期的な受胎能が失われた (2 回目の受胎ができなかった)。次に、雌マウスの妊娠 13.5 日目の子宮を調べると、照射マウスでは高い割合で胎仔の流産が観察された (照射 23%, 非照射 7%)。流産の原因を調べるために、成熟卵母細胞のゲノムの倍数性 (ploidy) を抗セントロメア抗体である CREST 抗体を用いた免疫染色によって調べた。その結果、倍数性が変化して異数性となった卵母細胞が、放射線照射によって増加していた (照射 25.5%, 非照射 4.3%)。
【考察・まとめ】
本論文の結果から、マウス原始卵胞の放射線高感受性が示された。著者たちは、この高感受性の理由として、放射線照射 48 時間後に耐性を示した発育卵胞の観察では、γH2AX の foci の数が減少していたことから、原始卵胞と発育卵胞の間で、DNA 損傷の修復能に違いがある可能性を考察していた。卵胞 (卵母細胞) の DNA 損傷の修復に関する更なる研究が期待される。放射線を照射した雌マウスでは、胎仔が流産する割合が増加した。照射マウスの成熟卵母細胞の約 25% は異数性を示したので、異数性となった卵母細胞と流産との関連が示唆された。
これまでの研究報告と本論文の結果から、放射線被ばくによって生殖系列の完全性 (integrity) が失われる可能性がある。特に、女性がん患者が治療方法を考えるうえで、卵子に対する放射線の影響が懸念される。放射線治療前の卵子の凍結保存などによって、受胎能を保持することの検討や議論が今後も重要である。