放射線誘発性口内炎へのSmad7の治療的・予防的有効性
論文標題 | Preventive and therapeutic effects of Smad7 on radiation-induced oral mucositis |
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著者 | Han G, Bian L, Li F, Cotrim A, Wang D, Lu J, Deng Y, Bird G, Sowers A, Mitchell JB, Gutkind JS, Zhao R, Raben D, Ten Dijke P, Refaeli Y, Zhang Q,Wang XJ |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat Med, 19, 421-428, 2013 |
キーワード | 放射線誘発性口内炎 , Smad7 , TGFβ , NF-κB , ケラチノサイト |
過度の炎症と上皮の脱落が特徴である口内炎では、頭頸部に対する放射線治療を行った場合にしばしばみられる副作用であり、重症になると放射線治療の中断の原因にもなる。Paliferminは、ヒトケラチノサイト成長因子KGFの組換えタンパク(Truncated Form)であり、2つの臨床試験の結果から重症な口内炎の発生率を減少させると報告されている。しかしながら、その効果は限定的なものであるとの報告もあり、新たな治療法の確立が求められている。
2002年にHeらは、TGF-βによるケラチノサイトの増殖の阻害やアポトーシスをSmad 7が阻害することを報告した。またHongらは、Smad 7がNF-κBの活性化を阻害することにより炎症を軽減させることを報告している。これらの報告を基に、本論文で米国のUniversity of Colorado Denver Anschutz Medical CampusのHanのグループは、Smad7を用いて口内炎を軽減する新たな薬剤を創出し、Nature Medicineの2013年4月号に発表した。
本論文の背景として、まずTGF-β-Smad経路をおさらいしたい。同経路は、リガンドであるTGF-β、その受容体であるTGF-β受容体、シグナルを伝えるR-Smad(Receptor-regulated Smad、Smad 2,3)、R-Smadと複合体を作るCo-Smad(Common mediator Smad、Smad 4)、シグナル伝達を抑制するI-Smad(Inhibitory Smad、Smad 7)、Co-repressorであるCtBP1等から構成される。
2006年にHanらは、ケラチノサイト特異的プロモーターであるK5下で、ケラチノサイトのみにSmad 7を発現するトランスジェニックマウス(K5. Smad 7)を作成し報告している(参考文献1)。本論文でHanらは、野生型のマウス(WT)では、Smad 7タンパクの発現が放射線照射後にわずかに認められるのみだが、K5. Smad 7では、Smad 7タンパクの発現が放射線照射前後にかなり(Comparable)のレベルで認められることを示した。WTで口内炎を発生させる線量である8Gy×3回を、K5. Smad 7に放射線照射しても、口内炎は認められなかった。放射線照射後のK5 Smad 7とWTの口内炎において、TGF-β1を発現した細胞が共通して多く認められたが、その一方で、放射線照射後のヒトやWTの口内炎において確認されたリン酸化Smad 2やNF-κBのサブユニットであるp50を発現した細胞が、放射線照射後のK5 Smad 7においては、あまり認められないことが確認された。以上より、Smad 7は、放射線照射後に活性化したTGF-βシグナル経路やNF-κBの活性化を阻害することにより、口内炎の出現を抑制していることが示唆された。
次にHanらは、ヒト口腔ケラチノサイト株であるNO+K-SI細胞を用いて、Smad 7による創傷治癒のメカニズムについて検討した。Smad 7を過剰発現させると、口腔の創傷治癒に不可欠のタンパクとして知られているRac 1(参考文献2)のタンパク量の増加が認められた。クロマチン免疫沈降アッセイでは、Smad 7は、Rac 1のプロモーターのSBE(Smad binding element)に結合することが認められた。SBEを含むRac1ルシフェラーゼレポーターアッセイで評価すると、Smad 7の過剰発現により、ルシフェラーゼ活性の亢進が認められた。クロマチン免疫沈降アッセイにより、CtBP-1もRac 1のプロモーターのSBEに結合することが認められたが、Smad 7を過剰発現させると、CtBP-1のRac 1のプロモーターのSBEへの結合の低下が認められた。また、CtBP-1をノックダウンすると、Rac 1のプロモーターのルシフェラーゼ活性の亢進と、Rac 1タンパク量の増加と、遊走能の亢進が認められた。Smad 7をノックダウンすると、ルシフェラーゼ活性の低下とRac 1のタンパク量の低下と遊走能の低下が認められた。Rac 1をノックダウンすると、遊走能の低下が認められた。K5 Smad 7マウスで、放射線照射により、WTと同様にCtBP-1の発現は亢進するが、WTと異なりすぐに元のレベルに戻ることが認められた。以上より、Smad 7が、放射線照射により亢進したCtBP-1の機能を抑制し、それに伴い、Rac 1の抑制解除が認められ、遊走能の亢進を含む創傷治癒が起こることが示唆された。
Hanらは、細胞内への移行性を高めるために、ヒト組換えSmad 7タンパクのN末端にTatタグを加えたTat-Smad 7を作成した。放射線照射前から、マウスにTat-Smad 7を口腔内に局所投与すると、Paliferminと同様、潰瘍サイズの減少が認められた。創傷治癒のメカニズムとして、Paliferminがケラチノサイトの細胞増殖を促すのに対して、Tat-Smad 7は、白血球の浸潤の抑制や、ケラチノサイトのアポトーシスの抑制、ケラチノサイトのpSmad2やp50の発現を抑制することによることが認められた。放射線照射後に潰瘍が出現してから、Paliferminを投与しても改善の効果は認められないが、Tat-Smad 7には改善の効果が認められた。Tat-Smad 7を投与した正常ヒトの口腔由来のケラチノサイトは、Rac-1タンパクの発現の増加と遊走能の亢進が認められた。口腔癌細胞株である、MSK9921やCal27にTat-Smad 7を投与しても、遊走能の亢進や、照射後の生存能の改善は、認められなかった。
炎症時には、TGF-βとNF-κB経路が亢進すること知られているが、放射線照射により惹起された炎症は、Tat-Smad 7により抑制される。また、Rac1の抑制が解除され、Rac1依存性のケラチノサイトの遊走が起こる。この2つのメカニズムにより、Tat-Smad 7は口内炎の修復に有用であると考えられた。
しばしば、放射線防護剤は、がん細胞の放射線抵抗性の原因となることが知られているが、
ヒト口腔癌においては、TGF-βのシグナル経路を喪失していることが知られており、またin vitroではあるが、Tat-Smad 7による細胞増殖や遊走能亢進が、がん細胞で認められないことを確認しているため、Tat-Smad 7には、がんの放射線抵抗性の原因にはならないことが示唆されている。
Hanらは、Smad 7を発現したトランスジェニックマウスを確立したのをうまく活用し、放射線口内炎の予防と治療に有用なTat-Smad 7という新たな薬剤を創出した。Discussionでも述べられているが、マウスのモデルで、がん自体への治療効果の減弱の有無の確認を行ってはいないが、有望な薬剤の候補であると思われる。
(参考文献)
1.Han, G., A. G. Li, Y. Y. Liang, P. Owens, W. He, S. Lu, Y. Yoshimatsu, D. Wang, P. Ten Dijke, X. Lin and X. J.
Wang (2006). "Smad7-induced beta-catenin degradation alters epidermal appendage development." Dev
Cell 11(3): 301-312.
2.Castilho, R. M., C. H. Squarize, K. Leelahavanichkul, Y. Zheng, T. Bugge and J. S. Gutkind (2010). "Rac1 is
required for epithelial stem cell function during dermal and oral mucosal wound healing but not for tissue
homeostasis in mice." PLoS One 5(5): e10503.
紹介者:京都大学大学院 医学研究科 放射線腫瘍学・画像応用治療学 博士課程2回生 片桐幸大)