日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

脳転移腫瘍の微小環境が放射線と免疫の併用療法の効果に与える影響

論文標題 The immune suppressive microenvironment affects efficacy of radio-immunotherapy in brain metastasis
著者 Niesel K, Schulz M, Anthes J, Alekseeva T, Macas J, Salamero-Boix A, Möckl A, Oberwahrenbrock T, Lolies M, Stein S, Plate KH, Reiss Y, Rödel F, Sevenich L
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
EMBO Mol Med, 13(5):e13412, 2021
キーワード 脳転移腫瘍 , 免疫チェックポイント阻害療法 , 放射線治療 , がん微小環境

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【研究背景】
免疫チェックポイント阻害療法
免疫細胞であるT細胞は体内に侵入した異物や癌細胞を排除する役割を担っているが、誤って自分自身の細胞を排除しないように自己認識機能を持っており、これを免疫チェックポイントという。一方で癌細胞はT細胞に攻撃されないように免疫チェックポイントを利用してT細胞に認識されないような仕組みを使ってすり抜けることがある。京都大学の本庶佑先生がノーベル賞を受賞された研究で記憶に新しい、PD-1/PD-L1が免疫チェックポイントの代表でT細胞が持つPD-1受容体が、癌細胞が持っているPD-L1(リガンド)に結合することで免疫を逃避するようになる。そこで、PD-1とPD-L1の結合を阻害することにより免疫を再活性化させようというのが免疫チェックポイント阻害療法である。免疫チェックポイント阻害療法の有用性は非常に高く臨床において期待されているが、現在この治療法が適応する患者は全体の10-30%程度であるため免疫チェックポイント阻害療法のアプローチの改善が目下の課題となっている。

脳転移腫瘍と微小環境
一方で脳神経は独自の免疫特性から免疫活性が低い組織であり、脳腫瘍は免疫不活性腫瘍と考えられている。また、腫瘍が他の組織から脳に転移する際に周辺の微小環境に骨髄系細胞が多く含まれており、この存在が免疫抑制と癌の進行に関与していると考えられている。すなわち腫瘍の脳転移の際に癌細胞を排除するT細胞が存在していても腫瘍周辺の骨髄系細胞の中にT細胞の活性を抑制する細胞が含まれているため、抗腫瘍活性が抑制されている可能性があるのである。

脳転移腫瘍の放射線治療
 脳転移腫瘍の治療法として原発巣の種類に応じた分子標的療法と放射線照射療法(全脳照射あるいは定位放射線照射)が一般的に用いられており、近年は免疫チェックポイント阻害療法と放射線照射療法の組み合わせも注目されている。

【研究結果】
これらの状況を踏まえてドイツフランクフルトのGeorg Speyer Haus財団の腫瘍生物学実験治療研究所から発表された本論文では、脳転移腫瘍の治療の際に免疫チェックポイント阻害療法と放射線療法を併用することで免疫チェックポイント阻害療法の効果が促進しないかという着想から研究を実施している。
本研究では組織脳転移腫瘍のモデルとして乳癌脳転移細胞99LN-BrMを用いており、この細胞をマウスに移植し腫瘍組織形成モデルとしている。最初にこれら腫瘍組織領域の細胞種の分布を、フローサイトメトリーを用いて詳細に解析したところ、腫瘍細胞以外の免疫系細胞では予想通り、骨髄系細胞が多くを占めており、癌組織周辺の微小環境領域は骨髄系細胞により免疫抑制されている可能性を確認している。
そして、全脳放射線照射とPD-1阻害による免疫チェックポイント阻害療法を組み合わせたところ腫瘍サイズが小さくなり、治療後の生存期間を延長することに成功している。併用療法で何が起こっているのかを確認したところ、放射線療法単独ではCD8陽性T細胞(キラーT細胞)が増加し、免疫チェックポイント阻害療法単独ではCD4陽性T細胞(制御T細胞)が増加していたが、併用療法ではとCD4陽性とCD8陽性両方のT細胞が増加していた。これらの結果から併用療法では制御T細胞とキラーT細胞の両方が活性化し、癌細胞を排除する効果が見られることがわかった。
しかし、残念なことに長期間での観察では、腫瘍が再発し、PD-L1陽性の骨髄系細胞の増加を認めていることから、長期的には骨髄系細胞がT細胞の活性を再び抑制することにより腫瘍が再発する結果となっている。

【まとめ】
脳腫瘍は免疫系が特殊な環境にあり、微小環境の存在など免疫を利用した効果的な治療戦略が取りづらい。一方で放射線治療は一定の効果をあげており、これらの併用療法によりなんとか癌治療を成功させようという本論文は価値のある挑戦である。結果的に長期観察ではT細胞の活性抑制により腫瘍が再発してはいるが、今後は骨髄系細胞を抑制することにより腫瘍再発を抑える戦略の開発により癌治療法の向上に期待したい。