日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

職場におけるラドン曝露から労働者の防護を評価するための費用効果分析:イタリアの小売店への最初の適用

論文標題 Cost-effectiveness analysis to assess the protection of workers from exposure to radon at work: A first application to Italian retail shops
著者 Trevisi R, Antignani S, Botti T, Buresti G, Carpentieri C, Leonardi F, Bochicchio F
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J Environ Radioact, 242: 106780, 2022
キーワード ラドン , [費用/QALY]比 , 肺がん , イタリアの職場

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Cost/Benefits Analysis (CBA)は,公共政策,商取引,輸送投資などの多くの分野で用いられているツールで,そのCostとBenefitsは金銭で表現される。一方,健康上の利益は,質調整生存年(QALY)や障害調整生存年(DALY)で表される。健康上の利益に対する費用効果の評価は,Cost-Effectiveness Analysis (CEA)により行われ,[費用/QALY]比はその代表的な指標である。CEAは,屋内ラドンを含む電離放射線からの放射線防護の政策決定にも適用されている。今まで,ヨーロッパでの屋内のラドン濃度低減に関する政策は,ラドン曝露が原因と考えられる肺がんに関連する費用と,屋内のラドン曝露低減のための予防措置等の費用を比較することで実施されてきた。しかしながら,職場でのラドン曝露を考慮した研究は行われていなかったことから,本研究では,イタリアの小売店でのラドン曝露についてCEA評価のためのモデル作成し,評価した。

Radon Prevention and Remediation (RADPAR)モデルに,イタリアの小売店に関するパラメータを適用した。実験条件の仮定や入力パラメータは省略し(必要な情報は論文参照),実験結果の解釈に必要な事項のみ以下に記す。
ラドンプログラム・政策の有効性は,QALYで表した。QALYは健康状態(完全な健康状態を「1」,死亡を「ゼロ」)と生存年数の積で表され,本研究では,回避された肺がんの症例数を用いて計算した。総費用は,「ラドン測定および削減/予防措置費用」と「得られた生涯の医療費」の合計から「回避された肺がんの医療費」を差し引いて計算した。費用対効果比([費用/ QALY]比)は,総費用をQALYで割ることによって計算した。なお,この比は小さい方が良いとされている。
また,本論文では3つのシナリオ(A,B.1,B.2)を採用した。シナリオAは,古い概念である年平均のラドン濃度500 Bq/m^3を適用した場合,シナリオB.1は,新しい概念(2013 EUBSS(European Commission, 2014))である300 Bq/m^3を適用した場合,シナリオB.2は,シナリオB.1に加え,ラドン濃度が150 Bq/m^3以上で改善を推奨した場合とした。

既存の職場におけるさまざまなラドン政策の費用と有効性の推定
[費用/QALY]比は,シナリオAでは比較的高く(中央値83k€/QALY),シナリオB.1(中央値42k€/QALY)では,約50%程度減少し,シナリオB.2(中央値48k€/QALY)では,シナリオB.1より少し高かった。これより,シナリオAは肺がん抑制に効果の低いことが示された。

政策の有効性と費用対効果に対する参考レベルの影響
シナリオB.1とB.2の参考レベル(RL)がQALYまたは[費用/QALY]比に及ぼす影響を検討した結果,両シナリオともにRLが減少するとQALYが大幅に増加したことから,肺がんの累積リスクが減少することが示唆された。他方,シナリオB.1の[費用/QALY]比は準放物線の傾向を示し,シナリオB.2はシナリオB.1に比べRLの影響を受けにくかった。本研究の結果,費用対効果の高いと考えられるRLは200〜300 Bq/m^3であった。

政策の有効性と費用対効果に対する改善率への影響
次に,改善措置の受け入れ率(10%,50%,90%)を指標としたシナリオB.2の感度分析をした。その結果,改善措置の受け入れ率を10%から90%にすると,[費用/QALY]比は27%増加した。他方,改善措置の受け入れ率が10%,50%,90%の時のQALYはそれぞれ1200,2200,3100となり,健康効果が増加した。

政策の有効性と費用対効果に対する喫煙習慣の影響
ラドンとタバコの組み合わせが肺がんのリスクを高めることはよく知られているため,まず,シナリオB.1での喫煙習慣の違いによるQALYまたは[費用/QALY]比を評価した。その結果,生涯にわたる非喫煙者・喫煙者のQALYはともに改善率に比例して増加した。また,改善率が低い場合,生涯にわたる非喫煙者の費用対効果は低く([費用/QALY]比は高く),改善率を上げると費用対効果が改善した([費用/QALY]比が低くなった)。他方,喫煙者の場合,ラドン濃度の低下は肺がんリスク低減に有用であるため,その[費用/ QALY]比はあらゆる改善率において低くなったが,特に,改善率が高い場合,[費用/ QALY]比は低かった。次に,シナリオB.2での推奨される改善率と[費用/QALY]比を比較した結果,推奨される改善措置の割合が低い場合(10%),非喫煙者・喫煙者を合わせた[費用/QALY]比は48k€/ QALYであり,推奨される是正措置の割合が高い場合(≥90%),[費用/QALY]比は61k€/ QALYであることがわかった。また,生涯にわたる非喫煙者・喫煙者の[費用/QALY]比は,改善率に影響を受けることなども明らかとなった。

本研究では,職場でのラドン曝露からの防護を目的とした費用対効果が評価された。しかし,ラドン濃度の日内変動,空調の影響,勤務体系などが考慮されていないことから,さらなる研究が期待される。