日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

BRCA1/2遺伝子変異を有する女性の乳腺上皮における老化の加速

論文標題 Evidence for accelerated aging in mammary epithelia of women carrying germline BRCA1 or BRCA2 mutations
著者 Shalabi SF, Miyano M, Sayaman RW, Lopez JC, Jokela TA, Todhunter ME, Hinz S, Garbe JC, Stampfer MR, Kessenbrock K, Seewaldt VE, LaBarge MA
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Aging, 1: 838–849, 2021
キーワード 老化 , 乳がん , 乳腺上皮細胞 , DNA損傷修復 , 細胞分化

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【はじめに】
 放射線が誘発するDNA損傷の修復においてBRCA1/2などの修復タンパク質が働くことが知られている。本編はBRCA1/2遺伝子の変異による乳腺の老化の加速及び発がんに関連する組織変化について報告しており、放射線による老化促進及び乳がん誘発メカニズムの解明に資する知見を提供すると考えられる。

【背景と目的】
 加齢は散発性乳がんの最大のリスク因子である。一方、DNA損傷修復に関わるタンパク質をコードするBRCA1、BRCA2、PALB2遺伝子等の生殖系変異は、乳がんを高頻度かつ早期に発症させることが知られている。また、これら遺伝子への異常はDNAへの損傷の蓄積を引き起こすことにより、乳腺の老化を促進すると考えられている。乳腺組織は内腔側から順にケラチン19(K19)を発現する内腔上皮細胞(LE)、ケラチン14(K14)を発現する筋上皮細胞(ME)及び間質細胞から構成される。MEは基底膜を構成するため、がん細胞が上皮から間質へ浸潤することを防ぐことで、がんを抑制すると考えられている。一方、加齢に伴い、LEがK14を含むME特異的なタンパク質を異所性に発現することが知られている。筆者らはこの現象を乳腺上皮細胞における「系統忠実性の喪失」と定義し、加齢によるがんリスクの増加の原因であると推測した。また、系統忠実性の喪失による上皮細胞の分化異常は、BRCA1変異保有者に多い基底細胞様/トリプルネガティブ乳がんにおいて、特徴的に観察されることが報告されている。しかし、乳がんに関わる遺伝子変異が、乳がんのイニシエーションとして乳腺上皮細胞の系統忠実性の喪失を引き起こすかは未だ明らかでない。そこで、本研究は、加齢により生じる乳腺上皮の異常と遺伝子変異による乳がん発生の関係性を明らかにすることを目的とした。

【主な結果】
1. 乳がんに関わる遺伝子変異を有するLEはK14とK19を共発現する
 BRCA1、BRCA2、PALB2遺伝子の生殖系変異を有する乳がん高リスク(HR)及びそれらの異常を有さない平均リスク(AR)の若齢(24~35歳)、中年(36~54歳)、高齢(55~59歳)より得た病理学的に正常な乳腺組織について、蛍光免疫染色及びリアルタイムPCRにより、K14とK19のタンパク質及びmRNA発現量を解析した。若齢ARはLEがK19のみ、MEがK14のみを発現していた。K14を発現するLEの割合は、ARでは加齢により増加する一方で、HRでは年齢に関係なく高い(31%)ことが示された。また、この割合は浸潤性乳管癌においても高い(50%)ことが示され、LEにおけるK14の発現とがん化の関係性が示唆された。これらの結果は、老化及びがんの性質と考えられるLEにおけるK14の発現が、HRでは遺伝子変異により生じていることを示す。

2. HRの乳腺上皮は遺伝子変異により細胞分化の異常が発生する
 フローサイトメトリーを用いて、ARとHRの乳腺上皮細胞におけるME(CD271+)とLE(CD227+)の割合を解析した。若齢ARでは9%がLEであったが、高齢ARやHRではそれぞれ34%、23~91%がLEであり、遺伝子変異は加齢と同様に乳腺上皮におけるLEを増加させることが示された。次に、多系統分化能を有するcKIT+前駆細胞をAR・HRの乳腺上皮から分取し、2~7日培養後の分化能を解析した。若齢ARではK19発現細胞に分化が偏る傾向が観察されたが、高齢AR及びHRではK14発現細胞に分化が偏る傾向が観察された。特に、HRでは変異遺伝子の種類によって分化パターンには違いが見られ、BRCA1又はPALB2変異では分化の遅延、BRCA2変異ではK14/K19共陽性細胞の出現が認められた。

3. HRの乳腺上皮の遺伝子発現シグネチャーは、老化、炎症、がん遺伝子と関連する
LEのトランスクリプトーム解析(RNA-Seq)により、若齢ARと比べ、高齢AR又はHRで発現量が変化した遺伝子を同定した。HRは炎症や上皮間葉転換に関わる遺伝子に発現変化が特徴的に見られた。また、高齢AR又はHRは老化に関わる遺伝子の発現変化が共通に見られた。更に、HRで高発現の遺伝子は、ME特異的遺伝子や老化特異的遺伝子と有意な重複が観察された。同様に、MEについてもRNA-Seqを行い、HRは炎症や細胞増殖シグナルに関わる遺伝子に発現量の変化が特徴的に見られること並びに、HRで高発現の遺伝子は、LE特異的遺伝子や老化特異的遺伝子と有意な重複が観察されることを示した。これらの結果は、HRの乳腺上皮細胞において、系統忠実性の喪失及び老化の加速が生じていることを示唆する。

【まとめ】
 乳がんの原因となるBRCA1、BRCA2、PALB2遺伝子の生殖系変異が、変異の蓄積を通して乳腺上皮の老化を進め、上皮における系統忠実性を喪失させることを示した。系統忠実性の喪失は、組織のがん抑制能を低下させ、がん起源細胞となり得るcKIT+前駆細胞や基底細胞の特徴をもつ内腔細胞の数を増やすと示唆される。また、cKIT+前駆細胞の分化異常のパターンが変異遺伝子により異なったことは、遺伝子の種類により乳がんリスク増加のシナリオが異なったためであると示唆される。更に、遺伝子変異を有する乳腺上皮細胞において上皮間葉転換や炎症等に関わる遺伝子に発現変化が認められたことから、乳がんリスク増加には各遺伝子の生殖系変異が、遺伝子特異的な乳腺上皮微小環境を形成することが関わる可能性が考えられる。本研究における老化の加速が遺伝子変異による発がんリスクの増加の根底メカニズムとして存在するという発見は、老化生物学に基づく新たながん予防戦略の礎となる知見を提供する。