日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

長期にわたる低線量/低線量率の電離放射線とシミュレートされた微小重力による免疫学的および血液学的な影響

論文標題 Immunological and hematological outcomes following protracted low dose/low dose rate ionizing radiation and simulated microgravity
著者 Paul AM, Overbey EG, da Silveira WA, Szewczyk N, Nishiyama NC, Pecaut MJ, Anand S, Galazka JM, Mao XW.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Sci Rep, 11(1):11452, 2021
キーワード radiation , microgravity , space , immunology , hematology

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【背景・目的】
 現在宇宙生物学の大部分は宇宙飛行中もしくは飛行直後の生理学的反応に焦点を合わせて研究が行われているが、重力環境への再適応の解明も宇宙飛行士の健康や宇宙への移住を考える上で重要な課題である。宇宙の探索においては無重力や微小重力(月では0.166 g、火星では0.38 g)に加え、電離放射線への長時間の曝露が引き起こす複数の生理学的反応とそれに対する再適応が予想され、特に長期曝露の短期的および長期的な影響はほとんど知られていない。今まで宇宙飛行の影響として様々な生体の調節不全が報告されているが、飛行後の貧血に関しては、他の貧血とは異なるパラメータの異常を示すことから、宇宙貧血と新たに分類された。このように宇宙探索を将来的に成功させるためには免疫学的、血液学的な影響とその転写パターンの変化を理解することが必要不可欠である。そこで筆者は宇宙飛行環境が生理学に与える影響を簡易的に調査するため、マウスを用いた宇宙飛行の地上ベースモデルで検討している。具体的には0.04 Gyの低線量かつ低線量率γ線の長期曝露(LDR)とマウスの後肢をつり上げてかかる体重に変化を与える(HLU)を組み合わせた模擬宇宙モデルを用いている。筆者は以前にこのモデルを用いて血液脳関門の恒常性や神経可塑性への影響を報告しているが、本論文では21日間の模擬宇宙モデル後、平常状態に戻し、1週間後の免疫および血液の再適応に注目して実験している。

【(主な)結果】
 筆者は21日の模擬宇宙モデル後、平常時に戻して7日後の遺伝子プロファイルを統計的に解析したところ、明確な変化が見られた。LDRとHLUを組み合わせた模擬宇宙モデルでは33個の遺伝子がダウンレギュレーションされ、95個の遺伝子がアップレギュレーションされた。また計算によりLDRとHLU単独とは異なる模擬宇宙モデル特有の遺伝子変化も認められた。
 脾臓は白血球、網状血小板、網状赤血球を含む全血細胞を貯蔵し、循環血液のフィルターとして機能している。脾臓細胞の遺伝子を解析したところ、全血細胞の分類に関連する遺伝子としてCD19、H2-DMb2、Alox5、RhDに変化が見られ、21日の模擬宇宙モデル後、7日後では免疫及び血液系の調節不全が起きていることが考えられた。またマウスのパスウェイ解析をしたところ21日の模擬宇宙モデル後、7日後ではシグナル伝達、代謝、細胞周期、DNA修復、クロマチン組織化に関与する経路の変化が示された。特に溶質キャリアファミリーであるSlc遺伝子やリポソームおよび糖タンパク質の形成に関与する代謝関連遺伝子Igf2r、B4galt2のほかユビキチン経路の遺伝子は高度にアップレギュレーションされた。またSsscaやMyh10などの細胞分裂に関連する遺伝子やSwsap1などの組み換え修復に関連する遺伝子が誘導された一方で、DNAの二重鎖切断修復に関連するPpp4r2遺伝子はダウンレギュレーションされていたことも注目すべきである。
21日の模擬宇宙後、7日後の血液を採取し、脾臓細胞や血液細胞について解析したところ、脾臓において血小板、白血球、単球、顆粒球などの分布には変化は示されなかった。つまり脾臓において細胞集団の分布には影響がないが、内在的に遺伝子発現には変化が起きているようである。一方で全血の細胞数には変化が見られ、赤血球とヘモグロビンの有意な減少が観察された。また統計的解析により、脾臓においてはヒト血液疾患/障害マーカーのマウスオーソロガスに変化が見られ、経路としては変化のあったBcl11a、Nedd4l、Aspnが血圧調節、タンパク質修飾、TGF-βシグナル伝達、解剖学的構造調節、発達過程の負の調節に共通して関与することが示された。

【考察・まとめ】
 宇宙飛行後の回復には複合的なストレスの負担がかかり、ヒトの健康に重要な影響を及ぼす。また循環する赤血球と白血球はすべての生理学的システムと相互作用する。本研究では地上ベースの簡易的モデルで模擬宇宙モデルの免疫と血液学的な影響を評価している。これにより模擬宇宙モデルの血液循環に関与する遺伝子の変化が明らかになった。この研究は宇宙生物学の発展の重要なカギとなり、宇宙から地上に戻った時の全身の恒常性に関する貴重な知見を提供する。