水晶体細胞モデルを用いた低線量放射線に対する初期反応の解析
論文標題 | Early Responses to Low-Dose Ionizing Radiation in Cellular Lens Epithelial Models |
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著者 | Ahmadi M, Barnard S, Ainsbury E, Kadhim M. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiat Res, 197(1): 78-91, 2021 |
キーワード | 水晶体 , 放射線 , 細胞影響 , 白内障 |
【背景・目的】
眼の水晶体は放射性感受性の高い組織であり、水晶体の放射線被ばく障害として白内障が知られている。これまで白内障のしきい値は2 Gyとされてきたが、原爆被ばく者の疫学調査結果や0.5 Gy未満の被ばくを受けた放射線作業従事者で白内障が増加した知見から国際放射線防護委員会(ICRP)による勧告が変更され、水晶体被ばくの線量限度が引き下げられた。そこで本論文では、放射線誘発白内障に関与する水晶体上皮細胞に対して低い線量・線量率放射線被ばくがおよぼす影響について検討した。
【方法】
ヒト水晶体上皮細胞(HLEC)と不死化ヒト水晶体上皮細胞(HLE-B3)を用い、0.3 Gy/minあるいは0.065 Gy/minの線量率で、0.1、 0.25、 0.5 Gyの Cs-137線源のガンマ線を照射した。照射1時間後と24時間後の細胞を用いて細胞生存率、酸化ストレス、DNA損傷について、照射24時間後と15日後の細胞を用いて細胞老化とテロメア長、テロメアーゼ活性を測定した。
【主な結果】
1. 細胞生存率
HLEC細胞とHLE-B3細胞に対して、方法で記した線量・線量率で照射を行なったところ、照射1時間後では線量率0.065 Gy/minで照射されたHLE-B3細胞のみが軽度な細胞生存率の低下を示し、その他の条件では非照射時と比べて有意差は示されなかった。照射24時間後になると、HLEC細胞、HLE-B3細胞ともに両方の線量率で線量依存的に生存率が低下した。
2. 酸化ストレス
スーパーオキシド陽性細胞を指標とすると、両細胞がどちらの線量率に対しても、線量依存的に陽性細胞率が増加することが照射1時間後に観察された。照射24時間後の0.5 Gy照射群では、1時間後の陽性率よりは減少していたもののコントロール群と比べるとまだ高く、スーパーオキシドが残存している細胞が確認された。その他の線量では、非照射群との有意差はなかった。
3. DNA損傷
アルカリ条件でのコメットアッセイとリン酸化H2AXを検出する蛍光免疫染色を行い、DNA損傷の誘発と修復について評価した。いずれの線量率でも、照射1時間後のHLEC細胞、HLE-B3細胞に共通して線量依存的なDNA鎖切断の誘発が確認された。照射24時間後にはコメットテールの長さが照射1時間後のものより短くなっていたが、コントロールよりも有意差を持って長く残る照射条件が確認された。
リン酸化H2AXフォーカスを指標とするDNA二重鎖切断の検出では、照射後1時間でリン酸化H2AXフォーカスの数はいずれの線量率でもHLEC細胞、HLE-3B細胞に共通して線量依存的に増加し、DNA二重鎖切断は線量依存的に増加したと考えられる。24時間後にはフォーカス数は減少していたが、コントロールレベルまで完全には戻らなかった。
4. 放射線誘発細胞老化
老化関連βガラクトシダーゼ(SA-ß-gal)を指標に放射線誘発細胞老化を観察した。照射24時間後ではいずれの照射条件でもコントロールとの有意差は見られなかった。照射15日後になると、どちらの線量率でも、HLEC細胞、HLE-3B細胞に共通して線量依存的に細胞老化が誘発されていた。非照射群との有意差は0.25 Gy以上で観察され、線量率依存性は確認されなかった。
5. テロメア長とテロメラーゼ活性
放射線誘発細胞老化が観察された一方で、テロメア長の短縮やテロメラーゼ活性の変化は確認されなかった。ただ、0.1 Gyを照射したHLE-B3細胞でのみ、テロメラーゼ活性がわすかに減少する傾向が観察された。
【まとめ】
低い線量・線量率放射線がヒト水晶体上皮細胞に与える影響について検討した。本論文で設定された線量・線量率照射でDNA損傷と酸化ストレスが誘発されること、誘発された損傷は照射24時間後までには低減するが、照射以前のレベルまで完全に修復されていないことが確認された。また、線維芽細胞で得られていた知見よりもさらに低い線量において、放射線誘発の早期老化状態を水晶体細胞へ誘導する知見が得られた。本論文の結果は、低線量・低線量率放射線被ばくから水晶体を防護することの重要性を示唆するものとなった。