日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

Lamin B1は53BP1を捕捉することでDNA損傷部位へのリクルートを制御する

論文標題 Lamin B1 sequesters 53BP1 to control its recruitment to DNA damage
著者 Etourneaud L, Moussa A, Rass E, Genet D, Willaume S, Okumura CC, Wanschoor P, Picotto J, Thézé B, Dépagne J, Veaute X, Dizet E, Busso D, Barascu A, Irbah L, Kortulewski T, Campalans A, Chalony CL, Justin SZ, Scully R, Pennarun G, Bertrand P
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Sci Adv, 7(35): eabb3799, 2021
キーワード DNA repair , Lamin B1 , 53BP1

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【背景・目的】
DNA二本鎖切断(DSB)は電離放射線(IR)などで生じる最も重篤な損傷である。哺乳類細胞では非相同末端結合(C-NHEJ)がDSB修復で重要な役割を果たし、その欠損はDSB誘発剤への感受性の増加やゲノム再配列を引き起こす。DSB修復をC-NHEJに向かわせる53BP1の欠損は放射線高感受性をもたらし、53BP1の集積異常は遺伝的不安定性を増大させる。これらの知見から、C-NHEJや53BP1の集積といったDNA損傷応答(DDR)の厳密な制御が必要であると言える。様々な研究から、核膜タンパク質とDDRの関連が示唆されている。哺乳類細胞の核膜の構造は、AタイプとBタイプの2種類の核ラミンと関連タンパク質によって維持される。AタイプのラミンであるLamin Aの異常がゲノム安定性やDSB修復に与える影響については様々な報告がある。BタイプのラミンであるLamin B1の過剰発現が様々な疾患で見られる一方で、Lamin B1の蓄積によるゲノム安定性やDSB修復への影響は研究されていない。そこで著者らは、Lamin B1過剰発現細胞を用いた損傷誘発後の細胞生存率やDNA損傷の修復動態の解析、Lamin B1-53BP1相互作用の解析を行うことでDSB修復に対するLamin B1過剰発現の影響の解明を目指した。
【結果】
まず著者らは、IR照射後の細胞生存率や染色体異常の数を調べた。その結果、Lamin B1過剰発現細胞ではコントロール細胞と比べて細胞生存率が低下し、染色体異常の数が増加していた。また、DNA損傷の修復動態を解析するため、IR照射後のγH2AX(DSBマーカー)foci数を調べた結果、Lamin B1過剰発現細胞はコントロール細胞と比べてfociの残存が見られた。以上より、Lamin B1の過剰発現によってDSB修復に欠陥が生じることが示唆された。
そこで、著者らはDSB修復経路の1つであるC-NHEJを検出できる細胞系を用いてC-NHEJ頻度を調べた。この細胞系ではI-SceⅠ誘発のDSBがC-NHEJによって修復された場合、細胞はCD4陽性となるため、CD4陽性細胞をフローサイトメトリーで検出することでC-NHEJ頻度を調べることができる。その結果、Lamin B1過剰発現細胞ではコントロール細胞と比べてC-NHEJ頻度が低下したことから、Lamin B1の過剰発現によってC-NHEJに欠陥が生じることが示唆された。
Lamin B1の過剰発現によってC-NHEJに欠陥が見られたので、DSB修復をC-NHEJに向かわせる53BP1やRIF1に着目し、これらの修復タンパク質の損傷部位への集積を調べた。その結果、コントロール細胞と比べてLamin B1過剰発現細胞ではIR照射後の53BP1やRIF1の集積が減少していることが示され、Lamin B1の過剰発現は53BP1の損傷部位への集積を抑制することが示唆された。
著者らはLamin B1が53BP1と相互作用することで集積を制御すると考え、Lamin B1-53BP1相互作用について免疫沈降法を用いて解析した。確かにLamin B1と53BP1タンパク質は結合していることが明らかとなり、この結合は核酸分解酵素であるBenzonase処理時でも変化しなかったことから、この相互作用はDNAを介していないと考えられた。さらにLamin B1-53BP1相互作用を近接ライゲーションアッセイ(PLA)で調べたところ、Lamin B1過剰発現細胞では核膜周辺で相互作用を示すシグナルの増加が見られたことから、Lamin B1の過剰発現による53BP1の核膜への隔離が示唆された。
次に著者らはIR照射後のLamin B1-53BP1相互作用の経時的変化をPLA法によって調べた。コントロール細胞では照射から0.5時間でLamin B1-53BP1相互作用の減少が見られた一方で、Lamin B1過剰発現細胞では見られなかったことから、53BP1の損傷部位への集積にはLamin B1との相互作用の解消が必要であると示唆された。著者らはこの両タンパク質の相互作用解消にはDDRが関わると考え、ATMとLamin B1-53BP1相互作用の関係を免疫沈降法によって調べた。ATM阻害剤であるKU60019処理によるATMキナーゼ活性阻害時や、N末端に存在する28個のATMによるリン酸化部位が変異した53BP1(53BP1 28A)を発現する細胞では、IR照射後のLamin B1-53BP1相互作用の減少が見られなかった。以上の結果から、53BP1が損傷部位に集積するためにはLamin B1との相互作用が解消される必要があり、これはATMによる53BP1のリン酸化に依存することが示された。
最後に著者らは、Lamin B1-53BP1相互作用に必要なドメインの解析を行った。様々な53BP1およびLaminB1断片タンパク質を用いたプルダウンアッセイの結果、DSB部位への局在に重要な53BP1のIRIFドメインとオリゴマー化に機能するLamin B1のHead Coil1ドメインとで結合していることが明らかとなった。
【考察・まとめ】
DSBが生じると53BP1はTudorドメインを介してH4K20me2に、UDRドメインを介してH2AK15Ubに結合する。このような損傷部位近傍のタンパク質の修飾による53BP1の制御がよく知られる一方で、損傷部位から離れた場所での制御メカニズムを示唆するデータも存在する。本研究の結果から著者らは以下のようなモデルを立てた。
通常時、Lamin B1は53BP1と相互作用することで53BP1のリザーバーとして機能する。DNA損傷時には、ATMによって53BP1がリン酸化されることでLamin B1-53BP1相互作用が解消され、53BP1が損傷部位に集積可能となる。Lamin B1が過剰発現している状態では、Lamin B1は53BP1を核膜付近で隔離することで損傷部位への集積を阻害している。本論文は、核膜を構成するタンパク質の1つであるLamin B1が53BP1と相互作用し、DSB修復を制御していることを明らかにした。この知見は放射線で誘発されるDSBの修復メカニズムに関する理解の深化に役立つ。