日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射線感受性におけるp53機能を介したメカニズムとしてのフェロトーシス

論文標題 Ferroptosis as a mechanism to mediate p53 function in tumor radiosensitivity
著者 Lei G, Zhang Y, Hong T, Zhang X, Liu X, Mao C, Yan Y, Koppula P, Cheng W, Sood AK, Liu J, Gan B
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Oncogene, 40: 3533-3547, 2021
キーワード 放射線感受性 , p53 , フェロトーシス

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【背景・目的】
フェロトーシスは鉄依存的な脂質の過酸化により誘導されるプログラム細胞死の一種である。グルタチオン過酸化酵素GPX4は還元型グルタチオン(GSH)依存的に過酸化脂質を中和し、フェロトーシスを抑制する。また、アミノ酸トランスポーターであるSLC7A11はシスチンを取り込み、取り込まれたシスチンは還元によってシステインとなり、GSH合成に寄与する。これまでに著者らは腫瘍抑制機構のひとつとしてフェロトーシスを同定し、p53やBAP1などの腫瘍抑制因子がフェロトーシスを誘導することで腫瘍形成が抑制されることを示した。また、最近の報告では、放射線照射がフェロトーシスを誘導し、放射線による細胞死や腫瘍抑制におけるフェロトーシスの重要性について議論されている。しかし、放射線治療におけるフェロトーシスの役割はまだ明らかにはされておらず、本研究ではp53を介した放射線誘導性フェロトーシス制御機構について検討した。
【結果】
H1299細胞(p53 null)に野生型p53を導入すると、X線6 Gy照射24時間後の過酸化脂質の割合およびフェロトーシスマーカーであるPTGS2 mRNAレベルは増加し、細胞生存率は有意に減少した。この生存率の減少はフェロトーシス阻害剤ferrostatin-1の添加により部分的に改善した点からもp53はフェロトーシス依存的および非依存的の両機構を介して放射線感受性を制御していると考えられる。さらに過去の報告同様にX線6 Gy照射後、A549細胞(野生型p53)ではSLC7A11およびGPX4レベルが上昇した。一方、p53ノックアウト(p53 KO)によりGPX4レベルは影響されなかったが、SLC7A11レベルは有意に増加した点からp53はSLC7A11発現を抑制していると考えられる。p53 KOによりPTGS2 mRNAレベルおよび過酸化脂質は低下したが、p53とSLC7A11両方のノックアウト(p53/SLC7A11 DKO)により、減少した過酸化脂質およびPTGS2 mRNAレベルは回復し、さらに放射線増感を示した。しかし、p53/SLC7A11 DKO細胞における放射線増感効果はferrostatin-1処理によって無効化された。GSHレベルについてはA549細胞ではX線照射により低下するが、p53 KOにより回復し、p53/SLC7A11 DKOによりその増加したGSHレベルは再び低下した。また、同様に、p53 KO細胞におけるGSH生合成阻害、またはシスチン枯渇培地を用いた培養により、GSHレベルの減少、過酸化脂質の増加、そして照射後の細胞生存率低下が認められた。逆に、A549細胞へN-acetyl cysteineまたは glutathione ethyl ester (GSHEE)を添加することで、GSHレベルは増加し、細胞生存率は部分的に回復した。以上の結果から、p53は少なくとも部分的に放射線照射によるSLC7A11発現を抑制することを通して、フェロトーシスの発生を促進するが、p53欠損下ではSLC7A11発現の抑制が解除され、GSH合成やフェロトーシス阻害を通して放射線抵抗性を誘導することが示唆された。
次にp53を欠損している癌細胞は一般的に治療抵抗性であるため、この抵抗性がフェロトーシス誘導体(FIN)によりキャンセルするかを検討した。様々なFIN処理により、p53 KO A549細胞における過酸化脂質は上昇し、p53欠損により誘導される照射後における細胞生存率の上昇はFINにより低下した。著者らはさらにp53欠損卵巣癌患者由来オルガノイドを用いたが、FINとの併用により、同様に細胞死が誘導され、照射後の細胞生存率は減弱し、相乗効果を示した。また、正常細胞における併用効果の影響について、in vitro下にてヒト乳腺上皮細胞MCF10Aを p53変異または欠損した乳癌細胞BT549やMDA-MB-231、T47D細胞と比較検討したが、有意な増感効果はない、または弱い程度しか認められなかった。
A549細胞由来移植腫瘍モデルにおいては、p53 KOにより腫瘍増殖能は促進したが、p53/SLC7A11DKOによる更なる影響は認められなかった。X線照射後、controlでは腫瘍増殖が抑制されたが、p53 KOでは放射線抵抗性を示した。着目すべきは、p53/SLC7A11 DKOではp53 KOによる放射線抵抗性効果を無効化し、感受性へと転じさせた。4-hydroxy-2-noneal (4-HNE, 脂質過酸化マーカー)は照射後、p53 KOではあまり誘導されなかったが、一方p53/SLC7A11 DKOでは、4-HNEの誘導が認められた。以上の結果は、SLC7A11はp53欠損下での腫瘍増殖には有意な役割を果たしていないが、脂質過酸化やフェロトーシスの抑制を通してp53 KO腫瘍における放射線抵抗性を促進していることを示唆している。さらにp53 KO A549細胞由来移植腫瘍およびp53変異肺癌患者由来PDXモデルを用い、FINの併用が増感効果をもたらすかを検討したところ、FIN単独では腫瘍増殖に影響は認められず、照射単独でも腫瘍増殖をわずかに抑制しただけであったが、併用することで劇的な増感効果が認められた。この照射+FIN併用による増感効果はフェロトーシス阻害剤をさらに併用することでほぼ完全に消失した。この結果は、FINによるフェロトーシスの誘導が放射線増感効果をもたらしていることを示している。
最後に放射線治療後のヒト食道癌組織30検体を用いて、4-HNEとp53発現の関連性を解析したところ、強い正の相関があることが明らかになった。さらにp53および4-HNEのいずれも強陽性を示した15検体と陰性または弱・中等度陽性であった11検体間で臨床予後を比較した結果、照射への反応性および無病生存率は強陽性群の方が良好であった。p53発現の強弱のみでは臨床予後に相関は認められなかった点からも本所見は単にp53レベルと臨床予後の相関を反映した結果ではないことを示している。
【考察・まとめ】
本研究では、放射線照射によるp53の活性化がSLC7A11を抑制し、過酸化脂質を増加させることでフェロトーシスを誘導、その結果、放射線感受性を亢進することが見出された。そのため、p53が欠損または変異している癌においては放射線治療にFINを併用することが放射線増感という点で期待できる。一方、放射線照射後のp53を介したフェロトーシス誘導メカニズムについてはSLC7A11非依存的またはGSH非依存的といった他の経路も寄与している可能性があり、今後更なる検討が必要である。