日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射線被ばく者からのマルチオミクス解析は放射線防護性の微生物と代謝物を明らかにする

論文標題 Multi-omics analyses of radiation survivors identify radioprotective microbes and metabolites
著者 Guo H, Chou WC, Lai Y, Liang K, Tam JW, Brickey WJ, Chen L, Montgomery ND, Li X, Bohannon LM, Sung AD, Chao NJ, Peled JU, Gomes ALC, van den Brink MRM, French MJ, Macintyre AN, Sempowski GD, Tan X, Sartor RB, Lu K, Ting JPY
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 370(6516): eaay9097, 2020
キーワード 腸内細菌叢 , 放射線防護 , ラクノスピラ科 , 短鎖脂肪酸 , トリプトファン代謝物

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【背景・目的】
高線量の放射線への曝露は局所性と全身性を組み合わせた複合的な障害が発生し、中でも造血、腸管の傷害は最も致命的で特徴的な放射線障害である。腸内細菌叢の最大のニッチである腸は放射線の主な障害の標的である。腸内細菌叢と放射線障害の潜在的な相関関係について述べられている論文は散見されるものの、この関係の詳細はいまだに曖昧なままである。
過去10年間、多数の調査により、個人間の非常に多様な腸内細菌叢の存在が明らかになり、腸内細菌叢と複数の疾患との有意な相関関係が実証されてきている。腸内微生物、および短鎖脂肪酸 (SCFA) とトリプトファン代謝産物に代表される微生物由来の代謝産物は、宿主の代謝と免疫の調節に不可欠な役割を果たす。またこれらが調節する炎症メディエーターは放射線障害においても重要な役割を果たし、腸内細菌叢とその代謝物が放射線被ばく後の病態の調節に重要な役割を果たしている可能性が示される。
筆者らは実験的な放射線被ばくを生き延びたマウス(エリートマウス)の腸内細菌叢を調べたところ、分類学的な特徴が明らかになり、放射線障害との関連、SCFAやトリプトファン代謝物の放射線障害の防護性を明らかにした。
【(主な)結果】
高線量放射線の全身照射(9.2 Gy)を行うと、予想外にも被曝したSPFのC57BL/6 マウスの5~15% が回復し、長期間 (最大600日) 生存したことが観察された(エリートマウス)。エリートマウスの腸内細菌叢が特徴的であるかを検討するため、糞便中の細菌DNAを同じ週齢の対称群マウスと統計的に解析したところ、エリートマウスは対照群マウスと比較して特有の細菌群を保有していることが明らかになり、これらが放射線障害の程度と関連している可能性がある。 
次に「cohousing assay」によって、エリートマウス(ドナー)の糞便で汚染されたケージを介して、レシピエントのSPFマウスに腸内細菌叢を移植したところ、移植マウスは対照群のマウスと比較して高線量の放射線被ばくから生存し、組織傷害のスコア(間質組織の損傷、細胞死マーカー増加、増殖マーカーの減少など)も大きく改善した。腸内細菌のDNAを解析したところドナーの腸内細菌叢はレシピエントへと引き継がれていることが分かった。さらにレシピエントのマウスの腸内細菌叢においてラクノスピラ科の細菌が特徴的に最も豊富であることが明らかになった。
エリートマウスが放射線防護性の腸内細菌叢をどのように獲得するか検討した。SPF C57BL/6マウスに高線量放射線の全身照射 (8.2 Gy)を照射し、前(-1日目) と後 2、7、21、および 30 日目に各マウスから糞便サンプルを採取した。放射線照射前(-1日目)ではエリートマウスと非生存者の間で細菌組成に違いがなかったが、放射線照射後7日目までに、エリートマウスは、その後死亡した群とは異なる細菌群集を保有していた。ラクノスピラ科とエンテロコッカス科は、放射線照射後7日目までにエリートマウスにおいて豊富であり、放射線被ばくが宿主の「生存者表現型」においてラクノスピラ科およびエンテロコッカス科分類群に選択的な影響を及ぼすことが示された。
これらの細菌を選択しSPFマウスに投与したところ、高線量被ばくからの生存率と組織傷害のスコアは大幅に改善され、放射線誘発の腸管障害も大きく軽減した。さらにラクノスピラ科の産生する3つのSCFA(酢酸、酪酸、プロピオン酸)の放射線防護性を検討したところ、特にプロピオン酸を投与した群において放射線防護性が示された。またSCFA投与群では放射線による腸管障害の改善に加えて、骨髄中の造血細胞群の減少も大きく改善されていた。
SCFA 以外の代謝産物が放射線防護効果を有するかどうかを確認するために、エリートマウスと年齢が一致した対照群の糞便サンプルに対して公平なメタボロミクスアプローチをおこなったところ、エリートマウスの糞便において最も高度に濃縮された代謝産物は、トリプトファン代謝経路に集中し、インドール-3-カルボキシアルデヒド (I3A) とキヌレン酸 (KYNA)の増加が示された。これらのトリプトファン代謝産物は、in vivo での放射性防護性について試験され、両方の代謝産物が生存率と組織傷害のスコアを大幅に改善した。
【考察・まとめ】
本論文では、腸内細菌叢とその代謝物のネットワークが、マウスの放射線誘発損傷に対して保護作用を与えることを発見した。ラクノスピラ科とエンテロコッカス科の存在が造血の回復と胃腸の修復に関連していることを示した。さらにそのメディエーターとしてプロピオン酸、および 2 つのトリプトファン経路の代謝物である I3AとKYNAが示され、これらはエリートマウスで上昇し、放射線に対する長期的な保護を与えた。この研究は、急性および遅発性放射線損傷の際の組織の防護を、腸内細菌叢とその代謝産物によって提供できる可能性を示している。