書評:東京大学工学教程 原子力工学 放射線生物学
論文標題 | |
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著者 | 上坂充、石川顕一 |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
総頁数:148ページ (本体2,500円+税)、2022年9月発行、丸善出版、ISBN:978-4-621-30751-9 |
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本書は東京大学工学教程シリーズの1つとして工学系の大学生、大学院生向けに作成されたものであり、タイトルが示すように特に原子力工学に近い分野を専攻する学生を対象にしている。普段、物理や機械、システム系に慣れ親しんだ学生にも放射線生物学の概要が分かるように明確でかつ必要十分量の知識について記載されており、放射線初学者に対しても非常に分かりやすい内容となっている。工学部4年生から受けた「放射線でがんになる」と「放射線でがんが治る」はどのように考えればいいのかという、実直で知的好奇心にあふれた質問に対して答えを与えることが本書の目的であると記載されており、なるほどたしかに順を追って読み進めていくとその答えにたどり着くような構成になっている。
具体的には4章構成となっており、1章では原子と原子核から始まり、空間軸と時間軸の観点から見た事象の捉え方をミクロからマクロへズームアウトして解説し、放射線の概略を説明している。2章では物理・化学的な基礎過程として放射線と物質の相互作用を述べている。3章からは生化学、生物学的過程であるDNA、核、細胞への放射線の影響について、4章では組織、臓器、個体レベルでの影響について最近の研究の動向を伝えている。
工学生向けであっても、記載された内容は放射線生物学を十分網羅している。装丁がコンパクトなこともあるが、各々の項目に必要以上に説明を加えていないことは、学生の知的好奇心を刺激し読者自身で文献検索するように促すことで、理解を深めかつ最新の知識に導いていく意図が汲み取れる。それを助けるための丁寧な引用の記載や、現在のホットトピックについても充実している。特に、陽子線や重粒子など加速器の開発、普及に関する現況や、単なるDNA修復の概説だけにとどまらない実験的評価法やDNA損傷モンテカルロシミュレーションの紹介、システム生物学から捉えた放射線とがんの統合的理解に関する説明、放射線のトラック構造から読み解かれた低線量域での新たな線量概念といった最新の話題も含まれていることから、放射線生物学を専門とされる研究者、医師にとっても知識のアップデートの助けとなる有益な書籍であるといえる。
このような充実した内容に仕上がった理由としては、日本放射線影響学会で活躍されている名だたる先生方や新進気鋭の先生方が執筆されていることによると思われ、そのご尽力に敬意を表したい。