日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA二重鎖切断由来のRNAがTIRR/53BP1複合体を解離させる

論文標題 DNA double-strand break-derived RNA drives TIRR/53BP1 complex dissociation
著者 Ketley RF, Battistini F, Alegia A, Mondielli M, Iehl F, Balikçi E, Huber KVM, Orozco M, Gullerova M
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Reports, 41(4): 111526, 2022
キーワード DNA二重鎖切断 , 53BP1 , TIRR , RNA

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【背景・目的】
非ストレス下ではTudor-interacting repair regulator(TIRR)が53BP1のTudorドメインを介して結合している。放射線などでDNA二重鎖切断(DSB)が生じると53BP1とTIRRが解離し、DSB周辺のリジン20部位がジメチル化されているヒストンH4 (H4K20me2)にTudorドメインを介して、さらにリジン15部位がユビキチン化されたヒストンH2A (H2AK15ub)にユビキチン化依存性誘導モチーフ (ubiquitination-dependent recruitment motif、UDR)を介して53BP1が集積することが知られている。
TIRRはRNA結合タンパク質であり、RNAと53BP1の結合部位が重なっている。最新の知見ではDSB部位に存在するRNAがDNA損傷修復に関与することが報告されており、本紹介論文ではDSB誘発後の53BP1とTIRRの解離にRNAを介するメカニズムが関与する知見について報告している。

【結果の概要】
1. TIRR/53BP1複合体の解離にはRNAPⅡが必要である
内在性タンパク質間の相互作用を高い特異性と感度で検出できる近接ライゲーションアッセイ (Proximity Ligation Assay :PLA)を用いて53BP1とTIRRの結合について評価した。エトポシド処理(10 µM、2時間)や137Cs線源由来のγ線処理 (10 Gy、1時間) 後に観察された両タンパク質の解離は、RNAPⅡ阻害剤であるα-Amanitinの事前処理で抑制されたこと、RNAPIII阻害剤であるML-60218の事前処理では抑制されなかったことから、53BP1とTIRRの解離にRNAPⅡが関与することが示唆された。

2. TIRRはヘアピン型RNAや一本鎖構造のRNAと結合する
反射光の消失角度変化を利用して物質の相互作用を検出する表面プラズモン共鳴 (Surface plasmon resonance :SPR)法など複数の方法により、TIRRが一本鎖RNAとヘアピン構造に結合すること、53BP1のTudorドメインは結合しないことを確認した。さらに、均一時間分解蛍光(HTRF)法やヘアピン型RNAを細胞に移入した後のPLAにより、TIRRがヘアピン型RNAと結合することで53BP1と解離することを、DSBを誘発していない実験条件下で明らかにした。

3. RNA依存的DNA損傷応答がTIRR/53BP1複合体の解離に関与する
miRNAプロセシング経路やRNA依存的なDNA損傷応答(DDR)で重要な因子であるDicerやDroshaの発現を抑制すると、PLAによる放射線照射後の53BP1とTIRRの解離が確認されなくなった。miRNAプロセシングでDroshaと共に作用するDGCR8の発現抑制は放射線照射後の53BP1/TIRR複合体の解離に影響を及ぼさなかったことから、RNA依存的DDR反応が53BP1/TIRR複合体の解離と関連することが示唆された。

4. TIRR/53BP1複合体は解離前にDSBに集積する
10 Gy照射1時間後にTIRRあるいは53BP1のそれぞれがγH2AX部位へ集積することがPLAアッセイで示された。また、α-Amanitinなどの事前処理によるRNAPII転写を阻害すると、TIRRと53BP1の集積が抑制された。53BP1への結合能を失ったTIRR変異体 (K10E)を発現させると、照射後のTIRRとγH2AXの結合が野生型TIRRを発現した時と比べて抑制された。また、共免疫沈降法によりTIRRはRNAPIIに結合しないことを確認した。以上の結果より、RNAPII転写産物を指標として53BP1/TIRRが複合体を形成したままDSB部位に集積していると考えられる。

5. ヘアピン型RNAがTIRRと結合すると、53BP1がTIRRから解離する
TIRR/53BP1複合体とRNAの相互作用を理解するために、ヘアピン型RNAがTIRRへ結合するモデルを利用したmolecular dynamics (MD)シミュレーションを行った。TIRRのRNA結合領域の構造は未解明のため、このシミュレーションではTIRRのパラログであるNUDT16の構造を用いている。TIRR上の53BP1とRNAの結合部位が重なっており、この領域のアルギニンやリジンを始めとする様々なアミノ酸との相互作用によってヘアピン型RNAの結合が安定化し、他のタンパク質が結合できなくなる。DSB近傍のヘアピン型RNAがTIRR上の53BP1結合部位を占有することで、53BP1を置換して解離が生じる可能性が考えられた。

【まとめ】
TIRRが53BP1のTudorドメインを介して結合していることから、DDRの初期反応としてTIRRと53BP1の解離メカニズムの理解が必要であった。本紹介論文では、TIRR/53BP1複合体がDSBに近接し、RNAPII/Dicer/Droshaが関与するDNA 損傷誘発性のヘアピン型 RNAがTIRRと結合することによって53BP1が解離し、DSB近傍のクロマチン領域に結合できる仮説を提唱した。一方で、このメカニズムはTIRR/53BP1解離の一部であることを著者らは述べており、ATMによる53BP1のリン酸化が関与する可能性を補足の実験結果を提示しながら言及している。転写領域や遺伝子間領域などゲノムの異なる領域で生じるDSBとの関連も考慮する必要性が考えられる。