日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

RPRM欠損はEGFR依存的にDNA修復と造血幹細胞増殖を促進し放射線照射後の造血機能の恒常性を維持する

論文標題 RPRM deletion preserves hematopoietic regeneration by promoting EGFR-dependent DNA repair and hematopoietic stem cell proliferation post ionizing radiation
著者 Li Z, Zhou Z, Tian S, Zhang K, An G, Zhang Y, Ma R, Sheng B, Wang T, Yang H, Yang L
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Biology International, 46(12): 2158-2172, 2022
キーワード 放射線 , 造血幹細胞 , RPRM/Reprimo , EFGR , DNA損傷

► 論文リンク

【背景・目的】
がん抑制遺伝子p53の標的遺伝子の一つであるRPRM/Reprimoは、サイクリンB1/Cdc2複合体の活性化を抑制することでp53依存的G2停止を引き起こし、DNA損傷によるアポトーシスを促進することが報告されている。また、RPRM欠損はマウス放射線抵抗性を亢進し、放射線曝露後の生存期間の延長や腸管障害を軽減することが報告されている。RPRMはDNA損傷応答において重要な役割を担っており、放射線防護のターゲットとなる可能性がある。他方、放射線曝露後の造血幹細胞の減少はDNA損傷に由来すると考えられるが、造血幹細胞におけるDNA修復機構は十分に解明されていない。今回の論文で著者らは、RPRMに着目し、6-8週齢の欠損RPRM-/- C57BL/6マウス(RPRM KOマウス)と野生型マウスRPRM+/+ C57BL/6マウス(WTマウス)に、X線4 Gy (2 Gy/min)を全身照射し、照射1時間後から21日後までのエンドポイントで造血幹細胞・前駆細胞集団や造血細胞を対象に細胞動態、放射線によるDNA損傷・修復やその機構について解析した。

【主な結果】
1. まず初めに、非照射のRPRM KOマウスを用いて定常状態の造血幹細胞・前駆細胞、造血細胞数をフローサイトメトリーにより調べた。RPRM KOマウス大腿骨中の骨髄細胞数、造血前駆細胞である骨髄球系共通前駆細胞(CMP)、顆粒球/単球前駆細胞(GMP)、巨核球/赤芽球系前駆細胞(MEP)、リンパ球系共通前駆細胞(CLP)の各細胞数、造血細胞である赤血球(RBC)、白血球(WBC)および血小板(PLT)の各細胞数はWTマウスと比較して同等であった。しかし、長期造血幹細胞(LT-HSC)、短期造血幹細胞(ST-HSC)、多能性前駆細胞(MPP)およびこれら造血幹細胞を高濃度で含む細胞集団であるLSK細胞(Lin- Sca-1+ c-Kit+)の各細胞数はWTマウスと比較して有意差はなかったが減少傾向を示した。RPRM KOマウスのLSK細胞のRNAシーケンス解析を行った結果、造血幹細胞の増殖や分化に関連する遺伝子発現は、WTマウスと比較して同等であることが示された。
2. 次に放射線によって誘発される造血系の障害に対するRPRM関与の有無を調べるために、X線照射(IR)後の大腿骨組織標本を病理解析した。その結果、RPRM KOマウスではWTマウスと比較して、IR 14日後まで大腿骨骨髄内により多くの細胞を有しており、放射線照射による細胞死が軽減・遅延することが明らかとなった。一方、IR後の造血幹細胞数を経時的に解析した結果、WTマウスのLSK細胞数はIR 1時間後で顕著に減少し低値を示したのに対して、RPRM KOマウスでは有意な減少を示さず、IR 7日後でWTマウスと同レベルとなった。その後、IR 14日後にRPRM KOマウスのLSK細胞数はWTマウスと比較して有意に高い値を示した。以上の結果より、RPRM欠損は放射線によって誘導される細胞死に対して防護的に作用し、IR後の骨髄造血能の早期回復に寄与する可能性がある。この傾向はメスよりもオスのRPRM KOマウスでより顕著であり、RPRM発現を阻害する作用を有するエストロゲンが寄与している為であると考えられる。
3. さらにRPRMがIRによってマウス造血幹細胞に生じるDNA損傷と修復に与える影響を調べるため、LSK細胞中のDNA二重鎖切断(DSB)の形成をγ-H2AXを指標としたフローサイトメトリーで測定した。その結果、IR 1時間と24時間後のオスのRPRM KOマウスのγ-H2AXレベルは、WTマウスと比較して有意に高かった。また、アルカリコメットアッセイを実施しDNA損傷と修復の程度を調べた結果、IR 1時間後から24時間後までに損傷は徐々に修復され、RPRM KOマウスのテールモーメントはWTマウスと比較して顕著に低値を示した。以上の結果より、RPRM欠損はIR後の造血幹細胞のDNA損傷蓄積の抑制と効率的なDNA損傷修復に寄与している可能性が示唆された。他方、メスのRPRM KOマウスではオスの場合とは異なり、IR 24時間後よりも1時間後の方がテールモーメントの拡がりがよく観察され、γ-H2AXのレベルはIR 24時間後よりも1時間後の方が高値を示し、RPRM欠損による保護作用に性差が存在することを示す結果となった。また、IR後のRPRM KO マウスではWTマウスと比較してアポトーシスの減少は観察されなかった。これは、RPRM欠損による造血幹細胞の保護作用がアポトーシスを伴わないこと示唆している。
4. 造血幹細胞は大部分が静止期にあるため、主に非相同末端結合(NHEJ)修復メカニズムによってDSBが修復される。IRによる造血系への障害に対するRPRMの防護作用のメカニズムを明らかにするため、DSB末端に結合して、非相同末端結合(NHEJ)によるDSB修復を促進することが知られているDNA-PKcs(DNA依存性プロテインキナーゼの触媒サブユニット)の関与の有無を検討した。その結果、RPRM KOマウスのLSK細胞では、IR 1時間後と24時間後でそれぞれDNA-PKcs発現増加が認められた。一方、IR前にDNA-PKcs阻害剤NU7441を投与した場合、IR後のγ-H2AXレベル減少が抑制された。よって、RPRM KOマウスで見られたIRによる造血系への障害に保護作用は、DNA修復に不可欠なDNA-PKcsによって調節されている可能性が示唆された。
最後に、Lin28a(HSCの分化と増殖に関与する)とその調節因子であるEGFRやSTAT3について遺伝子発現解析を行った。その結果、IR 1時間後にRPRM KOマウスにおいてEGFRとSTAT3の発現増加が転写レベルとタンパク質レベルとの両方で確認された。IR前に、EGFR阻害剤のエルロチニブを投与した場合、IR 6時間後のLin28aとその調節因子であるSTAT3発現がそれぞれ低下した。また、EGFR阻害剤エルロチニブ投与条件において、IR 24時間後のRPRM KOマウスの造血幹細胞(LT-HSC、ST-HSC、MPP)数はWTマウスと同レベルにまで減少し、RPRM欠損の保護作用が消失した。これらの結果から、EGFR/STAT3/Lin28a経路が、IRによる造血系への障害に対するRPRM欠損の保護作用に関与している可能性が考えられる。

【まとめ】
 本研究により、RPRM欠損がマウスの定常状態の造血に影響しないことが明らかとなった。RPRM欠損は放射線によって誘発される造血幹細胞を含む造血系への障害に対してDNA損傷抑制、DNA修復の促進を介して保護作用を示し、これはEGFR、DNA-PKcs、STAT3およびLin28aの発現増加を介して制御されている可能性が示唆された。