がん細胞は自らDNA切断を起こし、遺伝毒性による増殖制限を回避する
論文標題 | Cancer cells use self-inflicted DNA breaks to evade growth limits imposed by genotoxic stress |
---|---|
著者 | Larsen BD, Benada J, Yung PYK, Bell RAV, Pappas G, Urban V, Ahlskog JK, Kuo TT, Janscak P, Megeney LA, Elsässer SJ, Bartek J, Sørensen CS |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Science, 376: 476-483, 2022 |
キーワード | CAD , ICAD , 放射線耐性 , DNA損傷 , 細胞周期チェックポイント |
【はじめに】
放射線療法はDNAに損傷を与えることでがん細胞を死滅させる治療法であり、がん治療において広く用いられている。放射線治療に対するがん細胞の耐性は、効果的な腫瘍制御の障壁となっているが、そのメカニズムの解明は不完全である。放射線照射後のDNA損傷を追跡した研究により、DNA損傷が遅れて増加する「第二波」の存在が知られていた。今回紹介する研究は、がん細胞が放射線照射を受けた後に、自らDNA損傷を引き起こして増殖制限を回避しているという驚くべき耐性メカニズムを明らかにしたものである。
【背景・目的】
放射線照射後の細胞生存には、増殖制限を回避しつつDNA損傷応答・回復を促進することが重要である。放射線を照射されてDNAに損傷がある正常細胞では、G1/Sチェックポイントによって細胞周期が停止されることが知られている。一方、がん細胞では、G1/Sチェックポイントが欠損していることが多いが、代わりにG2/Mチェックポイントに依存し、DNA損傷が修復されないまま有糸分裂に移行することが防がれている。著者らは、放射線照射後のG2/Mチェックポイントを制御するヌクレアーゼを同定するためにスクリーニングを行った。その結果、caspase-activated DNase(CAD)が有力候補に浮上した。CADはカスパーゼシグナル伝達カスケードのエフェクターとして、アポトーシス細胞死におけるDNA断片化に関与するヌクレアーゼであるが、これまで放射線照射後のDNA損傷応答や細胞周期チェックポイント制御との関連は知られていなかった。しかし、非アポトーシス細胞においてもCADがDNA損傷を引き起こすことは知られていた。このことから著者らは、CADが放射線照射後にDNA損傷の第二波を引き起こし、G2/Mチェックポイントを制御しているのではないかと仮説を立て、その説を検証した。
【主な結果】
1. CADは放射線照射後の内因性DNA損傷を引き起こす
放射線照射後に現れると報告されている内因性DNA切断のCADとの関連を調べるため、著者らはヒト大腸がん由来細胞の野生型とCADノックアウト型にX線を8 Gy照射し、DNA損傷を測定した。野生型細胞においては、照射24時間後にDNA損傷の第二波が確認されたが、CADをノックアウトした細胞、および非悪性腫瘍細胞ではDNA損傷の第二波が確認されなかった。
以前よりCADは、inhibitor of CAD(ICAD)とのタンパク質複合体として存在し、ICADはCADを適切に折りたたむために必要なシャペロンとして知られている。ICADのノックアウトによって、CADおよびDNA損傷の第二波が減少した。
2. CADとICADは放射線照射後にクロマチンへと動員される
CADがDNAを切断するためには、CADがクロマチンに動員される必要がある。X線(8 Gy)照射を受けたがん細胞では、24時間後にクロマチン画分中のCADとICADタンパク質量が増加した。加えて、CADとICADに蛍光タグを付加し、DNA損傷を可視化することで、CADとICADの集積部位にDNA損傷が起きることが確認された。
3. CAD依存性のDNA切断は、特定の遺伝子座で発生する
DNA損傷の第二波が特定の遺伝子座で起こるのかを調べるため、X線(8 Gy)照射および非照射の細胞におけるDNAの一本鎖切断をマッピングした。その結果、CAD依存的なDNA損傷はCCCTC-binding factor(CTCF)結合部位において高頻度に検出された。著者らはマッピング情報を用いてさらに詳細な特定を試み、リンカーヒストンが結合する部位の左右にDNA切断が生じることを明らかにした。
4. DNA損傷応答シグナルがCADとICADのクロマチンへの動員を制御する
次に、著者らはDNA損傷応答シグナルがCADとICADの動員を制御しているかを調べた。そのために、著者らは核の一部に限定してUVレーザーを照射し、蛍光タグを付加したCADおよびICADの集積を評価する系を確立した。この評価系を用いることにより、DNA損傷応答の制御因子であるataxia telangiectasia mutated(ATM)およびATM and Rad3-related(ATR)の発現抑制またはノックアウトが、CADおよびICADの照射部位への動員を制限することが判明した。さらに著者らは、ICADの配列を解析することで、ICADにおいてATM/ATRのリン酸化を受ける部位を特定し、この部位がリン酸化されないICAD変異体は照射部位に動員されないことを確認した。これらの結果は、DNA損傷応答シグナルによるICADのリン酸化が、放射線照射後のCADおよびICADのクロマチンへの動員に重要であることを示している。
5. CAD は 放射線照射後のG2/Mチェックポイント制御とがん細胞の生存に必要である
CADとICADのG2/Mチェックポイント制御における役割を調べるために、X線(8 Gy)照射後の有糸分裂期細胞の割合を測定したところ、CADまたはICADの発現を抑制またはノックアウトした細胞では、照射24時間後の有糸分裂期細胞が増加していた。チェックポイント制御に関わる分子を調べたところ、有糸分裂の制限に必要なcyclin-dependent kinase 1(CDK1)活性などが減少していた。これらの結果は、CADおよびICADがX線照射後の早期の有糸分裂開始を防止していることを示唆している。加えて、ICADをノックアウトしたがん細胞では、G2/Mチェックポイントの制御喪失により、X線照射後のゲノム不安定性が増加した。そして、CADまたはICADを抑制またはノックアウトしたがん細胞では、X線(1 ~ 3 Gy)照射後の細胞生存率が減少した。興味深いことに、正常細胞ではCADのタンパク質発現を抑制しても生存率が減少しなかった。最後に、腫瘍を移植したマウスにX線(4 Gy)照射を行い、生体内におけるCADの機能を調査した。CADノックアウト型腫瘍では、野生型の腫瘍に比べてX線照射後における腫瘍の成長が顕著に抑えられることを確認した。これらの結果は、CAD依存性の経路ががん細胞の放射線耐性に寄与することを示している。
【考察・まとめ】
放射線照射後の遅れたDNA損傷の増加が報告されていたが、そのメカニズムは不明であった。著者らは、CADがCTCF結合部位に近接した特定の遺伝子座で遅れたDNA損傷を引き起こすという、これまで知られていなかったCADの機能を発見した。CADによるDNA損傷の第二波は、シグナル伝達を刺激して早期の有糸分裂を阻止し、DNA修復のための時間をより多く確保することで、がん細胞の生存を高めることが示された。本研究により、治療耐性を促すG2/Mチェックポイント経路を標的にすることで、がんの治療感受性を向上させる可能性が示唆された。