日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ミトコンドリアタンパク質を含む放射線誘発性の細胞外小胞の産生が、がんの放射線抵抗性に寄与する-過酸化水素による新しいがんのリプログラミング現象-

論文標題 Hydrogen Peroxide Promotes the Production of Radiation-Derived EVs Containing Mitochondrial Proteins
著者 Caitlin EM, Fangfang X, Yanming Z, Wei L, Weixiong Z, Kristy M, Rani J, Heidi LW, William HC, Daret KC, Luksana C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Antioxidants, 11(11): 2119, 2022
キーワード 細胞外小胞 , 過酸化水素 , 放射線抵抗性 , ミトコンドリア , 放射線治療

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【背景・目的】
前立腺がん(Prostate cancer; PCa)は世界的に見ても罹患率の非常に高いがんであり、米国や我が国においても男性のがん罹患数の第一位となっている。その治療法として放射線治療が広く採用されているが、いくつかの症例では放射線治療後にPCaの再発が確認され、がん治癒における大きな課題となっている。著者らは、放射線治療後のがんの生存と進行に寄与する新しい適応応答メカニズムとして、ミトコンドリアタンパク質を含有する細胞外小胞(Extracellular vesicles; EVs)によるミトコンドリア機能亢進とその仲介役としての過酸化水素H2O2に着目し、PCaの放射線抵抗性の獲得機序について議論している。

【(主な)結果】
PCa細胞株であるPC3細胞に対して総線量66 Gy(2 Gy/日×5日/週)のX線を照射後、生存した細胞を胸腺欠損ヌードマウスに皮下移植し、腫瘍サイズがおよそ250 mm^3に達した後に総線量10 GyのX線をさらに照射した。再増殖を示した腫瘍のみを回収し、単層細胞株に分離して放射線耐性PCa細胞株「クローン695」を作成した。この放射線耐性獲得の過程(PC3細胞への総線量38 Gy到達付近)で粒状構造物の増加が確認され、MitoTracker緑色蛍光プローブを使用した共焦点顕微鏡画像解析の結果ミトコンドリアであることが判明した。クローン695細胞ではPC3細胞と比較して球形及び楕円形状のミトコンドリアが増加していたことから、次に細胞内の酸化還元状態を調べたところ、Tetramethylrhodamine Ethyl Ester蛍光プローブでは高いミトコンドリア膜電位を示し、MitoPY1蛍光プローブではミトコンドリア由来H2O2の産生増加も認められた。また、ミトコンドリア呼吸/解糖系ストレス試験及びATP/ADP比測定により、クローン695細胞におけるミトコンドリアATPの産生増加を確認し、これらは放射線耐性細胞でのエネルギー代謝のリプログラミングを意味していると考えられる。
次に、細胞間コミュニケーションに関わるEVsに焦点を当て、放射線ばく露によるEVs産生を評価した。PC3細胞に対して6 GyのX線を照射後72時間で培地からEVsを抽出したところ、ナノ粒子トラッキング解析ではEVs濃度の増加が確認され、透過電子顕微鏡下の観察ではそのEVs内に膜状の貨物、すなわちミトコンドリアが含まれていることが明らかとなった。さらにEVs内には、ミトコンドリア転写因子や電子伝達系関連タンパク質に加えて、ミトコンドリアH2O2に関連する抗酸化物質が含まれていた。実際に、6 GyのX線がばく露されたPC3細胞におけるH2O2産生は照射後72時間でピークに達し、ミトコンドリアが寄与していることを示唆している。続いて、EVs放出シグナル伝達分子としてH2O2の寄与を検証するため、PC3細胞に対してH2O2 (60 μM、120 μM、及び240 μM) を添加し、24時間後に培地からEVsを抽出した。PC3細胞へのH2O2処理によりEVs濃度が大幅に増加し、PC3細胞への放射線ばく露と同様にミトコンドリア及びミトコンドリア関連タンパク質を含有したEVsであった。さらに、カタラーゼ処理によってH2O2を介したトコンドリア機能障害とH2O2が活性化したEVs産生が抑制された。
最後に、ミトコンドリアを含有するEVsをがん細胞が取り込むことで放射線ばく露後の生存に寄与するかどうかを検証した。6 GyのX線にばく露されたPC3細胞に対して、ExoGlow-Proteinで標識したX線ばく露PC3細胞由来EVsを30 μgの濃度で共培養したところ、7時間程でEVsの取り込みを確認し、さらに時間が経過した24時間後でより多くの取り込みが認められた。次に、MitoCeption法によりPC3細胞に10 μgのミトコンドリアを取り込ませ、総線量6 Gy(2 Gy/日×3日)のX線を照射後、コロニー形成アッセイを10日から12日目にかけて実施した。外部ミトコンドリアの取り込みによりX線ばく露後の生存率が大幅に改善した。すなわち、PCa細胞におけるEVsの取り込み及び外部ミトコンドリアの獲得が放射線ばく露後のがん生存と再増殖に関与している可能性が示唆された。

【考察・まとめ】
この論文ではH2O2がミトコンドリアタンパク質を運ぶEVsの産生を促進し、取り込まれた機能的なミトコンドリアが放射線ばく露後のがんの生存率を高めることが示された。H2O2とミトコンドリアを含有するEVsによって活性化されるこの新しいがんのリプログラミング現象は、治療の過程で誘発されるがんの放射線耐性獲得機序の解明、そして放射線治療の成功率向上のための標的として役立つことが期待される。