日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

低分割放射線治療を受けた幼若マウスにおけるFLASH効果の神経学的機序の解明

論文標題 Elucidating the neurological mechanism of the FLASH effect in juvenile mice exposed to hypofractionated radiotherapy
著者 Allen DB, Alaghband Y, Kramar AE, Ru N, Petit B, Grillj V, Petronek SM, Pulliam FC, Kim YR, Doan LN, Baulch EJ, Wood AM, Bailat C, Spitz RD, Vozenin CM, Limoli LC
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Neuro-Oncol, 2023, in press
キーワード FLASH radiotherapy , medulloblastoma , neurocognition , synaptic integrity , vascular sparing

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【背景・目的】
小児で最も多い脳腫瘍の一つである髄芽腫は、5年生存率が86%と、近年、治療成績が向上し、長期生存者が増加してきている[1]。髄芽腫の生存者は、放射線治療により知能指数(IQ)の低下や気分障害の発生リスクが高まり、また、脳微小出血と脳卒中の発生率が最大2倍と、長期にわたり生活の質を著しく損なうことが問題となっている。ここで紹介する論文では、FLASH-RT(超高線量率放射線治療)のヒト小児髄膜腫脳腫瘍への応用可能性を検討するため、放射線感受性の高い幼若マウスを用い、長期の神経学的有害事象を評価し、低分割FLASH放射線治療が幼若マウスの脳の主要な神経機能(長期増強と認知)を維持することを証明している。

【結果】
長期増強(long term potentiation:LTP)は、シナプス部位において、信号の送り手になる細胞(前細胞)に繰り返し電気刺激(条件刺激)を与えると、受け手の細胞(後細胞)との間の伝達効率が長時間(時には数週間)にわたって増強される現象で、海馬をはじめ大脳皮質を含む脊椎動物の様々な領野で観察される[2]。

1. FLASH-RTはマウスの海馬LTPを抑制しない
3週齢幼若マウス(C57BL/6)の全脳にCONV(通常の線量率)照射(0.09 Gy/s)とFLASH(超高線量率)照射(1.8 µsパルスで5.6×10^6 Gy/s)を48時間間隔で2回、計10 Gy照射した。照射6か月後にマウスから海馬スライスを採取し、シャッファー側枝にシータバースト刺激(TBS)を加えたところ、誘発電解興奮性シナプス後電位(fEPSP)の傾きの相対変化として定量されるLTPが、FLASH-RTマウス及びCONTROLマウスでは即時に増強したのに対し、CONV-RTマウスでは減少が確認された。さらに、TBS後1時間で維持されるfEPSPの傾斜の増強レベルがCONV-RTマウスの海馬では著しく減少し、CONTROLマウスとFLASH-RTマウスでは減少しないことが確認された。

2. FLASH-RTは海馬のシナプスの構造と密度を維持する
FLASH-RTが海馬の重要な神経細胞接続を維持できるかどうかを評価するために、超解像度顕微鏡(ELYRA7)でシナプス結合の前後をナノメートル単位で評価した。評価には、後期LTP時に細胞体で発現誘導されるタンパク質であり、シナプス可塑性を起こすきっかけを作るとされるHomer1aと、シナプス小胞、細胞骨格タンパク質、およびカルシウム チャネルにリンクされている相互接続されたネットワークを形成するBassoonを指標とした。これらの共焦点スポットの定量化した結果、雌雄マウスともCONV-RTと比較しCONTROLとFLASH-RTのシナプス前後の標識は高いレベルの緊密さを示したが、統計的には雄のみが有意となった。さらに、シナプス小胞膜タンパク質でシナプスのマーカーとしてシナプスの密度や神経細胞数の指標として用いられるシナプトフィジンはCONV-RTでは減少し、FLASH-RTでは保護されていることが確認された。

3. FLASH-RTは放射線誘発の幼若マウスの認知機能障害を改善する
照射6か月後において雌雄の幼若マウスを用い、新奇物体認知試験を実施した。マウスは見たことのない新奇物体に対して興味を持つ性質があり、新しい物体を見つけると探査行動をとる。これを利用し、ある物体を記憶させたあと、一定時間おき新奇物体と接触させ、接触時間を計測することでマウスの記憶を評価する方法である。その結果、雄マウスでは、CONTROLとFLASH-RTは新奇物体として認識が可能であったが、CONV-RTは新奇物体として認識することができなかったのに対し、雌マウスでは、有意差は確認されず、FLASH-RT、CONV-RTともに海馬に依存した新奇物体識別能力が維持されていることが示された。ここで行われた行動試験により、FLASH-RTは、放射線治療により影響を受けることが知られる海馬、前頭前野、扁桃体回路への放射線誘発性障害を改善することが証明された。

4. FLASH-RTは、CONV-RT照射後に観察されるような持続的な炎症を誘発しない
幼若マウスのミクログリアにおけるCD68の活性化を介した神経炎症に対するFLASH-RTの効果を評価するために、蛍光免疫染色によってIBA1とCD68の共局在を解析した。CONV-RTによるミクログリアの活性化をFLASH-RTと比較した結果、雄では活性化は確認できなかったが、雌ではCONV-RT、FLASH-RTともに雄をはるかに上回り、FLASH-RTによるCD68/IBA1共焦点化の増加がCONTROLより高いことから性差に応じた持続的な炎症増加が確認された。
さらに、レクチンを用いてCD68+ミクログリアと共局在化した微小血管を強調し、FLASH-RTマウスで観察された活性化ミクログリアの減少がBBBの領域にまで及んでいるかどうかを評価した。その結果、雄マウスではCONV-RTは、FLASH-RTおよび CONTROLに比べ、CD68とレクチンの共局在化が有意に多かった。雌マウスでは、CONV-RTは、CONTROLおよびFLASH-RTと比較してCD68とレクチンの共焦点化レベルが有意に高かった。しかし、雌のFLASH-RTは、CD68/lectinの共焦点化レベルがCONTROLよりも有意に高いことを示した。

5. FLASHはAQP4の保護を通じてBBBの微小血管系を維持する
FLASH-RTが神経細胞に影響のある物質をブロックする役割を担う血液脳関門(Blood Brain Barrier: BBB)に及ぼす影響について評価するために、幼若マウスを用いてBBBを長期にわたって保護するかどうかを神経血管ユニット(NVU)により分析した。その結果、FLASH-RTはCONTROLと比較してアクアポリン4(AQP4)免疫反応にいかなる変化ももたらさなかったが、CONV-RTはCONTROLの雌雄およびFLASH-RT雌雄に比べてAQP4免疫反応が著しく減少していることが示された。発生・発達期の神経ネットワークの形成等では、アストロサイトが重要な役割を果たしているとされており、機能低下や産生数の減少により、てんかんや認知機能低下等のさまざまな障害が生じることが知られている。微小血管におけるアストロサイトの分布について確認した結果、雌マウスにおいてCONV-RT後に減少することが判明したが、雄において有意差は認められなかった。発生期において他のグリア細胞とアストロサイトを識別するマーカーとして使用されるGFAP遺伝子を用いた試験でも、FLASH-RTは、雌ではGFAP/lectin共焦点化を減少させるように見えたが、雄ではCONTROLまたはCONV-RTと比較して、有意差は見られなかった。アストロサイトでAQP4の発現が全体的に減少しているかどうかを調べるために、AQP4とGFAPの共焦点を測定したところ、CONV-RTはCONTROLおよびFLASH-RTと比較して免疫反応性を減少させる傾向を示したが、雌雄とも有意差は見られなかった

【考察・まとめ】
この論文では、放射線感受性の高い幼若マウスの脳における低分割FLASH-RTの有用性が示された。この結果は、腫瘍のないマウスで実験が行われ正常組織への効果が限定的である可能性がある。ヒトの腫瘍は絶対的な治療量がマウスに比べはるかに多く、これらの結果をヒトの患者へ適用するには注意が必要であるが、FLASH-RTの潜在的利点である放射線誘発毒性を最小限に抑えることができ、生涯にわたる認知機能の障害と脳血管合併症に伴うリスクの軽減が示唆された。FLASH-RTマウスとCONV-RTマウスによる比較では、活性化ミクログリアが優位に減少することを示し、雌雄の線量体制に関する貴重な情報が提供できたが、基礎的な炎症と放射線誘発性炎症に男女間で差があるという過去の報告は、今回の試験では確認することができなかった。行動解析においては、一見LTPと行動記憶が関係しているような結果であっても視覚もしくは目の影響が大きく寄与する。目、特に水晶体は放射線感受性が高く、本論文で見られたFLASH-RTによる行動記憶の保護は、目に対する放射線影響の軽減による可能性が捨てきれない。この点を明らかにするために、脳の視覚野の病理解析と行動解析で視覚が影響を受けていないことを証明する必要があると考える。FLASH-RTは、QOLを著しく損なう正常組織の有害合併症を生じさせず、髄芽腫のような悪性腫瘍の根絶させることのできる治療法として有用であることが期待される。

【参考文献】
1. Packer RJ, Roger J Packer 1, Amar Gajjar, Gilbert Vezina, Lucy Rorke-Adams, Peter C Burger, Patricia L Robertson, Lisa Bayer, Deborah LaFond, Bernadine R Donahue, MaryAnne H Marymont, Karin Muraszko, James Langston, Richard Sposto: Phase III study of craniospinal radiation therapy followed by adjuvant chemotherapy for newly diagnosed average-risk medulloblastoma. J Clin Oncol 24: 4202-4208, 2006
2. 谷藤 学:長期増強(LTP)をめぐる最近の話題 J-stage 生物物理 Vol.33 No.5 1993