日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

プテロイルクロソドデカボ酸結合4-(p-ヨードフェニル)酪酸(PBC-IP)による神経膠芽腫の効率的中性子捕捉療法

論文標題 Efficient neutron capture therapy of glioblastoma with pteroyl-closo-dodecaborate-conjugated 4-(p-iodophenyl)butyric acid (PBC-IP)
著者 Nishimura K, Kashiwagi H, Morita T, Fukuo Y, Okada S, Miura K, Matsumoto Y, Sugawara Y, Enomoto T, Suzuki M, Nakai K, Kawabata S, Nakamura H
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J Control Release, 360: 249–259, 2023
キーワード Glioblastoma , Boron neutron capture therapy , Folate , Albumin , Convection-enhanced delivery

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【背景・目的】
神経膠腫は脳実質内で最も一般的な腫瘍であり、特に膠芽腫(Glioblastoma: GBM)は難治性の腫瘍として知られる。GBMは急速な浸潤性を持ち、完全な外科的除去が難しいため、患者の生存期間がわずか12~18ヵ月と限られる。これまでの治療法ではGBMの根治が困難であり、新しい治療法の開発が求められる。ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT)は非侵襲的な放射線療法として注目されており、GBM治療効果を向上できる可能性がある。しかし、BNCT用のホウ素薬剤の開発には、腫瘍細胞への選択的な蓄積と腫瘍組織への選択的な送達が重要な要件となる。血清アルブミンは薬物送達に重要な役割を果たすタンパク質であり、enhanced permeability and retention(EPR)効果を利用して腫瘍組織に蓄積することが知られる。低分子ホウ素薬剤であるマレイミド官能基化クロソドデカボレート(maleimide-functionalized closo-dodecaborate: MID)はアルブミンと結合し、皮下腫瘍マウスだけでなく同所性脳腫瘍ラットにおいてもBNCT効果を示すことが報告されている。さらに、過剰発現しているαvβ3インテグリンを標的とした直交修飾による環状RGD(cRGD)ペプチド結合MID-アルブミンも開発されたが、治療レベルの腫瘍内ホウ素濃度を達成するためには依然として高い総用量が必要となっている。既に開発されているプテロイル-クロソ-ドデカボレート結合体(pteroyl-closo-dodecaborate conjugates: PBC)は細胞毒性が低く、GBMの主要な標的である葉酸受容体α(folate receptor α: FRα)陽性細胞に選択的に集積するが、血中滞留性が低いため、GBM細胞内への集積が十分ではない。以上の背景の下で、PBCにアルブミンリガンドを導入することで内因性アルブミンと結合して血中滞留性が高まり、腫瘍組織にアルブミンが蓄積すると仮定し、PBCと4-(p-ヨードフェニル)酪酸部分とを結合したPBC-IPを設計し、ヒト膠芽腫(U87MG)異種移植モデル、F98およびC6神経膠腫同所性ラットモデルにおける有効性及び安全性を評価することを目的とした。

【主な結果】
1. PBC-IPの細胞毒性および細胞内取込み
BNCTで使用するホウ素キャリアには水溶性と低細胞毒性の両方の特性が不可欠である。A549(ヒト肺がん)、C6(ラット膠芽腫)、F98(ラット膠芽腫)、U87MG(ヒト膠芽腫)の4細胞株を用いて、PBC-IPの細胞毒性を調べた結果、IC50値は0.50±0.03 mM(A549)、0.43±0.05 mM(C6細胞)、0.17±0.01 mM(F98細胞)、0.55±0.01 mM(U87MG)であり、BNCTに使用するには細胞毒性が十分に低いことが示された。

2. PBC-IPの細胞内取込み
上述の4細胞株におけるPBC-IPの細胞取込量を調べた結果、神経膠腫細胞株であるC6、F98、U87MGでは、PBC-IPはboronophenylalanine(BPA)に比べ10~20倍高い取込量を示した。一方、A549ではPBC-IPとBPA の取込量は同程度であった。次いで、抗クロソドデカボレート抗体を用いた免疫染色により4細胞におけるPBC-IPの細胞内分布を調べた結果、PBC-IPはA549以外の3細胞において細胞質への集積が確認された。

3. U87MG異種移植モデルにおけるPBC-IP静脈内投与によるホウ-10(10B)生体内分布
PBC-IPの腫瘍選択的集積を確認するため、U87MG異種移植モデルにおけるPBC-IPの生体内分布を調べた。25 mg10B/kgのPBC-IPまたはBPA溶液をU87MG移植マウスに静脈内注射した結果、PBC-IPはBPAよりも血中滞留時間が長く、腫瘍内蓄積量も有意に高く、投与6時間後には腫瘍内10B濃度30 μg10B/gに達した。これらの結果は、PBC-IPのアルブミンリガンドが腫瘍へのホウ素送達効率を向上させたことを示している。

4. U87MG異種移植モデルにおけるPBC-IP静脈内投与によるBNCT効果
U87MG異種移植モデルマウスに対するPBC-IPのBNCT効果を調べた。BPAとPBC-IPの投与3時間後と6時間後にそれぞれ熱中性子照射(3.0~4.2x10^12 n/cm^2)を行い、マウスの腫瘍体積の変化を20日間観察した。BPAとPBC-IPを投与したマウスでは腫瘍の増殖が抑制されたが、非照射群と中性子照射単独群では腫瘍が急速に増殖した。PBC-IPはBPAよりも高い抗腫瘍効果を示した一方で、PBC-IP、BPA、中性子照射単独の3群のマウスの体重変化は同程度であり、有意な毒性作用がないことが確認された。さらに、健康なヌードマウスを用いたPBC-IPによるBNCTの安全性評価試験においても、各臓器における有意な毒性は確認されなかった。

5. F98およびC6神経膠腫同所モデルラットにおける生体内分布
Convection enhanced delivery(CED)は直接薬物投与法であり、持続的な低陽圧下で脳間質局所的に薬物を注入することで、高濃度で広い薬物分布を得ることができるため、神経膠腫細胞に選択的に集積する性質を持つPBC-IPにはCEDが適していると考えた。F98 神経膠腫同所ラットにおいて、PBC-IPを0.5 mg10B/kg でCED投与及びBPAを 10 mg 10B/kgでi.v.投与した後の生体内分布を調べた。CED投与では、200 μL のPBC-IPを連続的な低陽圧下で24時間かけて脳の間質腔に直接注入した。F98腫瘍移植ラットモデルに対しPBC-IPのCED投与した後3、6、24時間での腫瘍内10B濃度は、25.9±10.6、10.0±2.6及び2.7±2.1 μg10B/gであった。同時間での同側脳(Ipsilateral Brain)の10B濃度は、1.6±2.0、0.7±0.4、0.3±0.2 μg10B/gであり、PBC-IPは腫瘍と同側脳の両方から時間依存的に排泄されることが示された。対側脳(Contralateral Brain)および血液中の10B濃度は比較的低かった。PBC-IPのCED投与3時間後の10Bの腫瘍/正常脳比(T/Br)と腫瘍/血液比(T/Bl)はそれぞれ37.8と94.6であった。
一方、F98腫瘍移植ラットモデルに対しBPA投与1時間後および3時間後の腫瘍内10B濃度は、それぞれ16.0±4.0および11.1±2.6 μg10B/gであり、同側および対側脳からも若干量の10Β(〜3.0 μg10B/g)が検出された。BPA投与後1時間後の10BのT/Br及びT/Blはそれぞれ5.4と2.2であった。
さらに,C6腫瘍移植ラットモデルに対しPBC-IPのCED投与3時間後の10B濃度は、腫瘍、同側脳及び対側脳でそれぞれ 36.7±20.1、1.1±0.6及び0.6 μg10B/gであり、10BのT/Br及びT/Blはそれぞれ63.1及び78.6であった。

6. F98およびC6神経膠腫同所モデルラットにおけるBNCT効果
F98およびC6ラット神経膠腫同所性ラットを用いて、原子炉からの中性子線によるBNCTの有効性試験を行った。神経膠腫を同所的に脳に移植したラットを各6〜10匹からなる5群に無作為に分けた(第1群:コールドコントロール;第2群:ホットコントロール;第3群:L-BPA/i.v.(Intravenous Injection)投与後の中性子照射(2.4x10^12 n/cm^2、以降の第4〜5群も同様);第4群:PBC-IP/CED投与後の中性子照射;第5群:PBC-IP/CEDとBPA/i.v.の併用投与後の中性子照射(併用群))。第1~3群の生存期間中央値は27日(95%CI: 25–28日)、34日(95%CI: 33–35日)、37日(95%CI: 34–42日)であった。一方、グループ4と5はグループ3(BPA/i.v.)と比較して有意な生存期間の延長を示した: グループ4(PBC-IP/CED)では50%、グループ5(PBC-IP/CED + BPA/i.v.)では70%が180日後に安楽死させられた。

7. PBC-IPを用いたBNCTの安全性評価
PBC-IPを用いたBNCTの安全性試験を行った。PBC-IP(50 mg10B /kg)またはBPA(25 mg10B /kg、500 mg/kgに相当)をヌードマウスの頸部に皮下投与し、1時間後に熱中性子を30分間照射した(約2×10^12 n/cm^2の熱中性子線に相当)。中性子照射後28日間、全身状態および体重変化を観察した。PBC-IP/熱中性子照射群では照射直後から皮膚反応(皮膚炎)が認められ、13日目(湿性皮膚炎)をピークに21日目には改善した。皮膚反応の時間経過は一般的な放射線皮膚炎と同様と考えられた。照射後の体重の変化では、PBC-IP単独投与群およびPBC-IP/熱中性子照射群では、薬剤投与後または照射後28日まで、非投与群と比較して有意な体重減少は認められなかった。一方、BPA/熱中性子照射群では7日目に約10%の一過性の体重減少が観察され、既に報告された胃腸症状が原因であると考えられる。生存率については、PBC-IP単独群およびPBC-IP/熱中性子照射群ともに照射後28日まで全てのマウスが生存し、運動量や活動性の低下などの衰弱症状は認められなかった。さらに、BNCTから28日後のマウスの脳、小脳、腎臓、肝臓、肺、脾臓などの主要臓器の組織学的ヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色分析では、明らかな組織学的変化は認められず、良好な生物学的安全性が示された。

【まとめ】
FRα標的、10B及びアルブミン結合部の3つの官能基からなる新規ホウ素剤PBC-IPを開発した。PBC-IPは細胞毒性が極めて低く、水溶性であるため可溶化剤なしで投与可能である。PBC-IPは、BPAと比較して血中滞留時間が長く、経静脈投与により有意に高い腫瘍内蓄積性を示し、熱中性子照射後の腫瘍増殖を効率的に抑制した。さらに、CED投与により、PBC-IPはF98及びC6神経膠腫同所性ラットモデルの腫瘍に選択的な集積を示し、顕著なBNCT効果を達成した。BNCT後180日の生存率は、PBC-IP/CED群で50%、PBC -IP/CEDとBPA/i.v.の併用群で70%であり、残存脳腫瘍は認められなかった。PBC-IP/CEDシステムは総投与量を減らすことが可能なことから、患者への毒性を軽減することが可能であり、PBC-IPはBPAに抵抗性を示す脳腫瘍に対するBNCTのための効果的な代替ホウ素キャリアとして有望な候補である。