日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

プラナリアの放射線応答と幹細胞維持戦略

論文標題 Inhibition of ATM kinase rescues planarian regeneration after lethal radiation
著者 Shiroor DA, Wang KT, Sanketi BD, Tapper JK, Adler CE
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
EMBO Rep, 24: e56112, 2023
キーワード プラナリア , 放射線応答 , アポトーシス , ATM

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【研究背景】
・プラナリアとは?
プラナリアは川や淡水に棲む生き物で見た目はヒルに似ているが、雑食で主な食べ物は水生昆虫である。そして驚くべきはその再生能力である。トカゲやヤモリの尻尾を切断すると再生することは知られているが、プラナリアは頭部を切断されてもそこから再生し、二匹に分裂してしまう。最大数十箇所で切断しても数十個のプラナリアに分裂してしまうというから驚くべき生物である。国内では理化学研究所、京都大学に在籍され、現在基礎生物学研究所所長の阿形清和博士がプラナリア研究を推進し、再生のメカニズムに関して多くの発見をしたことで有名である。

・プラナリアの放射線応答
そんな驚異的な再生能力を有するプラナリアだが、放射線に対してどれほど耐性を持つであろうか。過去の報告によればガンマ線60Gy照射後2日で幹細胞能を消失したが10Gy照射だとほとんどの幹細胞が残存していたということである(Wager et al., Science, 2011)。またゲノム解析により、ヒトなどの他の種で存在する細胞周期や、DNA修復、細胞分裂に関わるいくつかの分子群がプラナリアには存在しないことが明らかになっている(Grohme et al., Nature, 2018)。一方で、そういった分子がない代わりにそれぞれの分子機構そのものは存在するようで他のタンパク質が存在しないタンパク質の機能を肩代わりしている可能性が示唆されている。

【研究結果】
今回紹介するコーネル大学獣医学部からの論文は、プラナリアの放射線応答の分子経路に踏み込んでいる。まずsingle cell RNA-Seq解析からプラナリアの幹細胞においてDNA損傷応答に関わるATM、ATR、DNA-PKの他、MRE11、RAD50、NBS1からなるMRN複合体の発現が多いことを確認している。これらの因子をRNAiでノックダウン後、放射線を20Gy(以下同じ線量)照射し影響を確認したところ、ATMをノックダウンしたプラナリアで幹細胞(幹細胞マーカーとしてpiwi-1を使用)が多く残っていることを見出している。そこでATMをノックダウンしたプラナリアから幹細胞のみを取り出し、アネキシンVを指標にアポトーシス量を測定したところ、コントロールと比較し、アポトーシス細胞の割合が有意に減少していた。すなわちプラナリアでは放射線照射後ATM依存的に幹細胞のアポトーシスが進むと考えられる。

次に関連する他の因子を探索するために細胞周期チェックポイントやアポトーシスに関わる因子をノックダウンし、放射線照射後、幹細胞が残存するかを確認したところ、ATM以外ではCHK2をノックダウンしたプラナリアのみが幹細胞を保持していた。これらからプラナリアではATMおよびCHK2主導で幹細胞のアポトーシスを誘導する経路が存在することが示唆された。興味深いことに哺乳類などでアポトーシスの主要な因子であるp53をノックダウンしても幹細胞の残存が見られなかった。また、残存している細胞が実際に多能性を有しているかを確認するために放射線処理したプラナリアの頭部を切断したところ、ATMをノックダウンしたプラナリアでは頭部が再生し、眼なども保持していることから、再生能力を持つ細胞が残っていることを確認している。

一方で放射線照射はDNA二本鎖切断を起こすため、それらを修復する因子が重要かどうかを確認するために相同組換え(HR)修復因子であるBRCA1、RAD51、非相同末端結合(NHEJ)修復因子であるDNA-PK、Ligase IV、Artemisをノックダウンし、放射線照射後、プラナリアの生存を追跡した。その結果、NHEJ因子のノックダウンでは変化がなかったが、HR因子をノックダウンするとプラナリアの生存が大きく低下した。また、HR因子をノックダウンしたプラナリアでは幹細胞の割合も減少していたために、放射線照射後のアポトーシスと幹細胞の維持はATMとHR因子が重要な役割を持つことが示唆された。

【考察】
以上の結果をまとめるとプラナリアではATM、CHK2主導でDNA損傷後のアポトーシスが機能しており、ヒトなどでアポトーシスの主要因子であるp53は影響がないことを考えると放射線誘発アポトーシスに関して他の種とは異なる分子経路を持つことがわかる。また、驚いたのがATMをノックダウンしたプラナリアの幹細胞は放射線照射後も多能性を有していることである。ヒトの多能性幹細胞であるiPS細胞では放射線照射後は細胞死の割合が高いのはもちろんのこと生存している細胞も形状がいびつになり分化が進行していることが観察されるため、放射線を浴びても多能性を有している仕組みを持っているプラナリアの生態は非常に興味深い。ゲノム解析からプラナリアは他の種に存在する遺伝子を大きく失っていることがわかっているが、DNA修復、細胞周期の仕組みそのものは持っている。おそらく、一つ一つの因子というより全体的な仕組みを保持することで細胞の恒常性を維持し、多能性を獲得しているのかもしれない。ちなみにヒトのATMが3056アミノ酸であるのに対し、プラナリアは1291アミノ酸でリン酸化ドメインを含むC末端領域しかヒトのATMとは相同性がない。このあたりもプラナリアは独自の進化を遂げているようで、非常に興味深い生物である。

【参考文献】
1. Divja A Shiroor et al., EMBO Reports, 2023, PMID: 36943023, PMCID: PMC10157310, DOI: 10.15252/embr.202256112
2. Grohme et al., Nature, 2018, PMID: 29364871, PMCID: PMC5797480, DOI: 10.1038/nature25473
3. Wagner et al., Science, 2011, PMID: 21566185, PMCID: PMC3338249, DOI: 10.1126/science.1203983