日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

HK2(ヘキソキナーゼ2)は、オートファジー依存性のAIMP2分解を促進することで肝細胞癌に放射線抵抗性を与える

論文標題 Hexokinase 2 confers radio-resistance in hepatocellular carcinoma by promoting autophagy-dependent degradation of AIMP2
著者 Zheng Y, Zhan Y, Zhang Y, Zhang Y, Liu Y, Xie Y, Sun Y, Qian J, Ding Y, Ding, Y, Fang Y
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Death Dis, 14: 488, 2023
キーワード HK2 , AIMP2 , 放射線抵抗性 , アポトーシス , オートファジー

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【はじめに】
肝細胞癌(Hepatocellular Carcinoma;HCC)は非常に悪性度が高い腫瘍の一つで、現在の癌関連の死因の実に4位を占める。定位放射線治療(Stereotactic Body Radio Therapy;SBRT)が開発されて以降現在に至るまで、放射線治療はHCCの主な治療法として重用されている。しかし、放射線治療で退治しきれなかった治療抵抗性の高いがん細胞や、治療により抵抗性が誘導されたがん細胞は特に活発に局所再発や転移を引き起こすことが知られており、治療後における予後不良に未だ課題を抱える。実際に、SBRT後に放射線抵抗性を示すがん細胞により局所再発が生じるHCC患者の割合は患者全体の約20%に上ることが報告されており、HCCの放射線抵抗性の根底にある分子メカニズムを調べることは急務である。

【背景・目的】
腫瘍の放射線抵抗性は腫瘍本体と周囲の微小環境の両方における生物学的変化が複雑に交差することでもたらされ、その原因やメカニズムは多様である。その中でもアポトーシスの抑制とオートファジーの促進は、腫瘍が放射線抵抗性を獲得するうえで不可欠な要因であることが多くの研究で明らかとなりつつある。
Hexokinase 2(HK2)は解糖の律速段階であるグルコースのリン酸化を担うキナーゼでありながら、膵臓がんや神経膠芽腫などのがん種においては放射線抵抗性の獲得と関与することが報告されている。HCCにおいても放射線照射後に生存した細胞でHK2が高発現していることは報告されているが、実際にHK2がHCCの放射線抵抗性に関与しているのか、およびその機構については未だ明らかにされていない。本研究ではHCCの放射線抵抗性獲得におけるHK2の役割とその制御のメカニズムを明らかにした。

【主な結果】
1. HK2はHCCの放射線抵抗性を司る重要な因子である
HK2と放射線抵抗性との関連を確認するため、著者らは野生型HCCに対するHK2の過剰発現(LV-HK2)と放射線耐性HCCに対するHK2ノックダウン(shHK2)を行った。Cell counting kit-8を用いた細胞数計測実験とcolony formation assayによって、これらの変異が正常時の細胞増殖能には影響を与えないこと、しかし放射線照射後においてはLV-HK2が野生型の増殖を有意に促進し、shHK2が放射線耐性型の増殖を有意に抑制することを確認した。また、LV-HK2ではDNA損傷修復の亢進とアポトーシス関連タンパク質の発現抑制が観察された。さらにこれらの処理を行った細胞を用いて異種移植マウスモデルを作製し、HCCの放射線抵抗性における生体内でのHK2の機能を検証した。その結果、生体内においても確かにLV-HK2は放射線照射後の腫瘍の増殖を促進し、shHK2は逆に増殖を抑制した。これらの結果は、HK2が放射線照射によって生じるDNAの損傷やアポトーシスを抑制することでHCCの放射線抵抗性に関与していることを示している。

2. HK2はAIMP2と複合体を形成し、オートファジーを調節することでAIMPを分解する
HK2が媒介する放射線抵抗性の根底にある分子機構を探るため、LV-HK2細胞株の溶解液に対する免疫沈降および銀染色アッセイにより、HK2と相互作用するタンパク質の同定を試みた。アッセイで得られた抗原特異的なバンドに対し質量分析を行ったところ、放射線照射後のLV-HK2においてHK2と結合しているタンパク質としてAIMP2(aminoacyl-tRNA synthetase-interacting multi-functional protein 2)の存在が示された。AIMP2はアポトーシスを促し、細胞の幹細胞性を抑制する働きを持つことが知られる。LV-HK2によって放射線照射後にAIMP2の有意な発現低下が観察され、さらにこの発現の低下はオートファジー阻害剤であるクロロキンでの処理によって回復することが判明した。HK2の発現に伴ってオートファジー活性が高まることはこれまでも細胞の動態解析や関連タンパクの亢進を通して確認されていたが、HK2誘導性のオートファジーがAIMP2の発現を上流で制御することは新規の知見である。これらの結果は、HK2が放射線照射後にオートファジーを促進し、転写後修飾を介してAIMP2タンパク質レベルの低下を導くことを示している。

3. HK2の薬理学的阻害はHCCの放射線治療の効果を増強する
HCCではHK2が主のヘキソキナーゼとして強く発現するようになるが、正常な肝組織ではヘキソキナーゼとしてHK4が一般に発現している。したがって、HK2の阻害は正常な肝組織の解糖には影響を与えることなく、HCCの放射線抵抗性獲得を効果的に抑制できると考えられる。そこで、著者らはFDA認可の一般的に使用されているHK2阻害剤、ケトコナゾール(Keto)がHCCの放射線抵抗性を抑制し治療効果を改善するかを検証した。In vitroにおいてKeto単体の処理は細胞の生存を部分的に阻害したが、Ketoと放射線の併用処理は相乗的にそれらの致死効果を顕著に促進した。さらにLV-HK2細胞株を用いてヌードマウスの皮下異種移植モデルを樹立し、生体内におけるHK2阻害の効果を確認した。Ketoおよび照射単体がそれぞれ腫瘍体積を部分的に減少させたのに対し、両者の併用は腫瘍体積と増殖率を相乗的にさらに大きく減少させた。免疫組織化学染色の結果も、Ketoと放射線の併用がそれぞれ単独の場合に比べて腫瘍の増殖とオートファジーを有意に抑制し、アポトーシスを上昇させることを明確に示した。また、KetoによるHK2の阻害がマウスの体重および肝機能、腎機能には影響を及ぼさないこともはっきりと確認された。
これらの結果はHK2を標的とした阻害剤が、HCCにおける放射線治療の補助として臨床応用の可能性が大きいことを示している。

4. AIMP2の分解はHK2による放射線抵抗作用の一端を担う
最後に著者らはLV-HK2細胞株およびshHK2細胞株に対して後発的にAIMP2の過剰発現/ノックダウンを行い、計4種のHCC細胞を構築した。これらの細胞の放射線照射後の増殖能を観察することで、HK2によって媒介される放射線抵抗性がAIMP2の機能障害に依存するかを検証した。結果、AIMP2の過剰発現はLV-HK2で減衰したアポトーシスを部分的に増強し、AIMP2のノックダウンはshHK2によって増強されたアポトーシスを部分的ではあるが回復した。この結果は、HK2がもたらす放射線抵抗性作用の一因にAIMP2の分解による放射線誘導アポトーシスの回避があることを意味する。さらにHK2によるAIMP2の分解がどのようなシグナル伝達経路を通して行われているのかを検証した。AIMP2が関与する主要なシグナル伝達経路(p53/NF-κb、Wnt/βカテニン経路)を構成するタンパク質に対して、HK2の発現に応じてその発現量を変化させるものがあるかを調査した。残念なことに、今回調べた中にはHK2の発現に応じてその発現量を有意に変化させるタンパク質はなく、経路を明らかにするには至らなかった。しかし、これらの結果からHK2が前述のようなシグナル伝達経路ではない別の経路、または修飾形式を伴ってAIMP2の分解を促進していることは予測される。

【考察・まとめ】
本研究ではHK2がHCCの放射線抵抗性を媒介することを明らかにし、そのメカニズムにおいてオートファジーの活性化、およびAIMP2の分解を介したアポトーシスの回避が重要な役割を持つことを示した。HK2の薬理的阻害並びにノックダウンはin vitro、in vivoの両方において放射線抵抗性のHCCに対して特に顕著な治療効果の増強を示した。一連の報告はHK2が単なる解糖系のキナーゼの1つに留まらず、HCCの放射線治療効果を相乗的に向上する潜在的な治療標的であることを示唆する。