日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

電離放射線誘発骨損失に対する対策としてのP7C3を用いた新規の多機能放射線防護戦略

論文標題 A novel multifunctional radioprotective strategy using P7C3 as a countermeasure against ionizing radiation-induced bone loss
著者 Wei F, Tuong ZK, Omer M, Ngo C, Asiatico J, Kinzel M, Pugazhendhi AS, Khaled AR, Ghosh R, Coathup M
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Bone Res, 11: 34, 2023
キーワード 放射線誘発骨損傷 , 破骨細胞 , BMSC , 骨髄脂肪形成 , 細胞老化

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【背景・目的】
がんは、世界的な死因のトップである。がん患者の1/2~2/3は、放射線治療を受け電離放射線 (Ionizing radiation:IR)に曝される。IR治療は基本的な手段であるものの、隣接している非がん組織にも形態的・機能的損傷をもたらす可能性がある。中でも骨はカルシウム含量が多いため、他の組織よりも30~40%多く放射線を吸収すると推定され、深刻な組織障害を引き起こす一般的な部位となっており、健康な骨組織の機能障害、疼痛などIR誘発損傷の原因にもなっている。しかし、IRによる骨損傷の発症機序は明らかになっておらず、有効な対策は存在しない。
一方で、加齢に伴う骨粗鬆症にはNicotinamide adenine dinucleotide(NAD)の細胞レベルの低下が寄与することが知られている。さらに、IR治療後にもNADレベルは大きく低下することから、本論文において著者たちは細胞内のNADレベルを増加させる酵素nicotinamide phosphoribosyltransferase (NAMPT)を活性化させる化合物Pool 7,Compound 3 (P7C3)に注目して、そのIR誘発骨損傷に対する役割を検討している。

【結果】
著者らは最初に、多核巨細胞(MNGCs)の形成とマクロファージの破骨細胞への分化に対するP7C3の作用について、RAW264.7マクロファージを使用して調べた。放射線誘導MNGCs形成は、破骨細胞産生を促進し、破骨細胞活性を増加させる慢性炎症の存在を示唆する。解析の結果、10 µMのP7C3処理によって7 Gy照射後のMNGC形成と活性化破骨細胞マーカーである酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ (Tartrateresistant acid phosphatase:TRAP)陽性細胞が減少した。
次に、P7C3の細胞毒性を評価するため、P7C3がヒト骨髄由来間葉系幹細胞(human Bone Mesenchymal Stem Cells:hBMSCs)の代謝活性に与える影響をMTTアッセイで評価した。その結果、hBMSCsにP7C3を処理するとIR照射後6日時点で、非処理細胞より細胞増殖が促進された。さらに、RAW264.7細胞においても、同様にP7C3処理細胞で照射3日後における代謝活性が増加した。よって、P7C3は実験で用いた濃度範囲において細胞毒性を示さないことに加え、照射後の細胞の生存を助けることが示唆された。
続いて、IR誘発骨損傷に対するP7C3の防護作用を評価するため、骨形成のメディエーターであるアルカリ性ホスファターゼ(Alkaline Phosphatase:ALP)発現、コラーゲン新生を測定し、hBMSCsの骨形成能を評価した。その結果、照射14日後にP7C3処理細胞で非処理細胞と比べてALP・コラーゲンレベルが増加した。この結果より、P7C3はIR照射後に骨形成を促進することが示唆された。
さらに、IRによる持続的なDNA損傷は、老化細胞周期の停止に繋がり、老化細胞はsenescence-associated secretory phenotype(SASP)を放出することで周囲の正常細胞に損傷を引き起こす。そのため、P7C3処理がIRによる細胞老化に防護作用を示すかをSA-β-gal染色によって評価した結果、照射のみの細胞とDMSO処理細胞に比べ、P7C3処理細胞ではIR照射後のβ-gal陽性細胞数が著しく低下した。この結果から、hBMSCsに対するP7C3処理によって、IR照射による老化誘導が軽減されることが示された。
また、IR誘発骨損傷に伴う骨芽細胞形成の減少は、BMSCの脂肪細胞への分化の増加に関連することが知られる。そのため、hBMSCsの脂肪滴形成と脂肪産生関連マーカー遺伝子発現を測定して、脂肪形成能を評価した。その結果、照射14日・21日後において、非処理細胞では脂肪滴形成が促進されたのに対して、P7C3処理群では有意に減少した。また、脂肪産生関連マーカー遺伝子(adiponectin (ADPOQ)、PPARG、lipoprotein lipase (LPL)、leptin (LEP)など)の発現をqRT-PCRで調べたところ、P7C3処理細胞では、これらの遺伝子発現が照射のみの細胞、DMSO処理細胞に比べて有意に低下した。この結果から、P7C3処理によって、hBMSCsの脂肪細胞への分化が減少した結果、骨芽細胞形成が増加する可能性が示唆された。
次に、ここまでで明らかとなったP7C3の放射線防護作用がin vivoでも認められるかを解析するため、著者らはラットの後肢に1回8 Gyずつ合計24 Gy局所照射したモデルを用いた。初めに、P7C3投与ラットにおけるIR誘発骨損失と骨構造維持について検証するため、Nano-CTで組織形態学的骨パラメータを評価した結果、20 mg/kgのP7C3を投与したラットでは、IR照射後の骨損失が軽減された。また、H&E染色の結果、P7C3投与ラットではIR照射後に認められる骨構造の大幅な悪化、骨組織内部の海綿質の連続性の減少と海綿質の縮小・菲薄化、骨髄脂肪の増加が改善した。さらに、定性的組織学解析の結果、P7C3投与ラットではIR照射後に骨組織表面の骨芽細胞が増加して、骨面積の低下が軽減された。これらの結果は、P7C3がIR誘発骨損失を抑制し、骨の構造維持に寄与する可能性を示唆する。
続いて、破骨細胞の活性化及び、そして骨の機械的強度へのP7C3の作用を評価した。その結果、P7C3投与ラットでは、非投与ラットと比べて、IR照射後の活性化破骨細胞(TRAP陽性細胞)および破骨細胞産生因子として知られるReceptor activator of NF-κB ligand (RANKL)陽性細胞が有意に減少した。そして、P7C3投与ラットの脛骨を用いた3点曲げ試験の結果、非投与ラットと比較して、IR照射後の骨強度の低下が抑制され、非照射ラットと同程度の骨強度が維持された。
次いで、P7C3の全身的な作用を明らかにするため、IR照射ラット血清中のサイトカインおよびケモカインを、サイトカインアレイにより定量した。Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) パスウェイ解析の結果、P7C3投与によって骨代謝と恒常性維持に関わるlow-density lipoprotein receptor-related protein 4(LRP-4)、細胞骨格組成の変化や細胞接着・遊走を介してBMSCの分化を制御するtransgelin (TAGLN)・integrin-linked kinase(ILK)、過剰な炎症促進を予防する免疫制御分子Toll interacting protein(Tollip)などが高発現していたのに対して、脂肪組織の恒常性の制御に関わるgrowth differentiation factor-3(GDF-3)、組織脂肪率の増加に関連するSH2B adapter protein 1(SH2B1)・CD200などの発現が低下していた。
ここまでのin vitroの実験データからP7C3が脂肪形成を抑制することが示され、サイトカインアレイの結果からもP7C3投与による骨髄前駆BMSCの骨芽細胞への優先的な分化を制御する多くの因子が明らかになった。特に、これらの内いくつかの因子 (Tollip、TBP-2)は、炎症の解消を促進して、RANKL発現及び破骨細胞形成を抑制し得ることから、これらのデータは、in vivoのRANKLとTRAP染色の結果を支持する。そこで、骨髄脂肪形成と脂質(リン脂質、ステロール、中性脂肪)レベルに対するP7C3の作用を調べた。結果、IR照射ラットで認められた脂肪細胞(Sudan Black B陽性細胞)と脂質量の増加が抑制された。さらに、IR照射後に見られる脂肪滴形成細胞(Perilipin陽性細胞、Oil Red O陽性細胞)の増加が、P7C3投与により大幅に減少した。また、IR照射後の脂肪細胞の面積・直径の増加についてもP7C3による抑制が見られた。
さらに、in vivoにおいても放射線誘発細胞老化に対するP7C3の防護作用を評価するため、SA-β-gal活性を調べた。結果、非投与群ではIR照射後にSA-β-gal陽性細胞数が照射前と比べて10倍程度有意に増加したが、P7C3投与ラットでは、照射後のSA-β-gal陽性細胞数が有意に減少した。同様に、P7C3投与群で非投与群に比べて、IR照射後にTNF-α(SASP因子の一つ)や老化細胞マーカーであるp21、p16陽性細胞数が大きく減少した。これらのin vivoでの実験結果からもP7C3がIR照射後の骨髄脂肪形成と老化誘導を抑制することが示された。

【まとめ】
骨形成に有利なBMSCsの脂肪骨形成系を制御することは、骨の再生と修復のための有望なアプローチであると考えられている。P7C3をin vivoで投与すると、IRに曝されても骨はその面積、構造、機械的強度を維持することができた。根底にあるメカニズムはまだ不明であるが、それらは主に、脂肪形成を犠牲にして骨形成を優先的に促進し、炎症の解消を促進し、RANKLと破骨細胞形成を抑制する一連のタンパク質の発現上昇と発現低下を介して作用する可能性がある。まとめると、これらの結果は、P7C3がIR誘発骨損失に対する新規の多機能治療戦略として役立つ可能性を示唆する。