老化した造血幹細胞は制御性 T 細胞を用いて生存に有利な微小環境を作り出す
論文標題 | Aged hematopoietic stem cells entrap regulatory T cells to create a prosurvival microenvironment |
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著者 | Liao W, Liu C, Yang K, Chen J, Wu Y, Zhang S, Yu K, Wang L, Ran L, Chen M, Chen F, Xu Y, Wang S, Wang F, Zhang Q, Zhao J, Ye L, Du C, Wang J |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cell Mol Immunol, 20: 1216–1231, 2023 |
キーワード | 放射線 , 造血幹細胞 , 制御性T細胞 , 細胞老化 |
【背景・目的】
造血幹細胞(hematopoietic stem cell, HSC)の老化は、造血再構築能の低下、骨髄系細胞への分化優位、複製ストレスの増加、DNA突然変異の蓄積及びアポトーシス抵抗性の増加などの特徴を持っています。また、幹細胞はその性質上、DNAの突然変異の蓄積に非常に敏感であり、DNAの損傷、特に突然変異の蓄積は、細胞老化や老化関連疾患の発症に関与しているとされます。しかしながら、突然変異が蓄積したHSCが老化過程でどのようにクローナル増殖の優位性を持つのかはまだ完全に理解されていません。骨髄の微小環境やHSCのニッチはHSCの機能維持に重要とされ、特に、制御性T細胞(regulatory T cell, Treg)は老化過程におけるHSCの動態に影響を与える可能性が示唆されています。
この研究で著者らは、60Co γ線を5 Gy (92.8 ~ 95.5 cGy/min) 全身照射した早期老化モデルマウス(C57BL/6マウス)を使用して、骨髄に広く分布するTreg細胞とHSCの老化との関連について解析しました。
【主な結果】
放射線照射されたマウス(以下、IRマウスとする)は、放射線照射後3ヶ月後に試料に供されました。IRマウスは骨髄内でHSC数が増え、その分化能が低下するなどの老化の兆候を示しました。同時に、骨髄内のCD4+ T細胞の数も増加し、特にFoxp3+ T細胞の比率及びその数が大きく増加していました。骨髄におけるTreg細胞の増加の原因として、既存のTreg細胞のクローナル増殖やエフェクターT細胞からの表現型変化が考えられます。しかし、遺伝子解析の結果、免疫応答に関与するエフェクターT細胞からTreg細胞への変化は確認できませんでした。加えて、IRマウスの骨髄内のFoxp3+ T細胞中のKi67+ T細胞の比率が増加しており、Treg細胞のクローナル増殖が活発であることが示されました。この増殖の原因として、骨髄に存在する抗原提示細胞(antigen presenting cell, APC)が提示する特定の抗原を、T細胞の表面に存在するT細胞受容体(T-cell receptor, TCR)が認識することにより、Treg細胞が活性化される可能性があります。IRマウスのHSCでは、HSCの表面に存在する抗原提示に関与するMHCクラスIIタンパク(以下、MHCIIとする)の発現が増加していることが確認され、放射線照射によるMHCIIの発現は骨髄内Treg細胞のクローナル増殖を促進したと考えられます。また、RNAシーケンス解析により、IRマウスの骨髄内Treg細胞において、TCRシグナル伝達経路の活性化が示されました。MHCIIの発現レベルに基づき、MHCIIを高く発現している造血幹細胞をMHCIIhi HSC、低く発現しているものをMHCIIlo HSCとして解析した結果、IRマウスではMHCIIhi HSCの数が増えているのに対し、MHCIIlo HSCの数はわずかに減少していることが確認されました。さらにHSCとT細胞の共培養実験によって、MHCIIhi HSCがMHCIIlo HSCよりも強い抗原提示能力を持っていることが明らかになり、MHCIIの高発現を持つHSCがTreg細胞の増殖を促進することが明らかになりました。これらの結果から、放射線照射を受けたマウスの骨髄内では、HSCのMHCII発現を介したTCRシグナル伝達経路の活性化を介してTreg細胞のクローナル増殖を促進し、結果的に造血幹細胞ニッチへの集積をもたらす可能性が示されました。
他方、先行研究によりDNAの損傷や突然変異が自然免疫のシグナル伝達経路を活性化し、MHCIIの発現を増加させる可能性が示されています。Ingenuity Pathway Analysis (IPA)を使用してシグナル伝達経路を解析した結果、IRマウスのHSCとTreg細胞の両方で細胞間のコミュニケーション機構であるギャップジャンクションの活性化が確認され、特にそのコミュニケーションを促進するコネキシン43(Cx43/GJA1)の発現が増加していました。さらに、IRマウスのHSCではアポトーシスのシグナル伝達が抑制されていることが示され、この抑制のメカニズムの中心として、ギャップジャンクションを通じて伝達されるcAMP分子の関与が判明しました。cAMPは、細胞内のシグナル伝達に関与するメッセンジャーとして機能し、PKAという酵素の活性化を促進します。cAMP-PKAシグナルは、細胞の生存や活性を調節する役割があり、特にTreg細胞はcAMPを大量に産生し、これがギャップジャンクションを介してHSCに伝達されることで、アポトーシスの機能亢進を抑制し、老化HSCの生存を強化する効果を示すことが明らかとなりました。
【まとめ】
本研究により、放射線を用いて老化を早めたマウスを解析した結果、DNAの突然変異蓄積はHSCのMHCII発現を増加させることが示されました。このMHCIIの発現増加により、骨髄内のTreg細胞との相互作用が強化され、クローナル増殖に寄与することが示されました。さらに、骨髄のTreg細胞がコネキシン43を介してHSCへcAMPを伝達し、これがPKAシグナリングの活性化とアポトーシスの抑制を促進することが明らかとなりました。放射線照射されたHSC、老化HSCがクローナルな優位性を獲得するためのメカニズムを持っていることが示唆されました。