造血幹細胞における電離放射線誘発体細胞突然変異のスペクトルと特徴
論文標題 | Spectra and characteristics of somatic mutations induced by ionizing radiation in hematopoietic stem cells |
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著者 | Matsuda Y, Uchimura A, Satoh Y, Kato N, Toshishige M, Kajimura J, Hamasaki K, Yoshida K, Hayashi T, Noda A, Tanabe O |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Proc Natl Acad Sci U S A, 120(15): e2216550120, 2023 |
キーワード | DNA damage , long-term hematopoietic stem cell , whole-genome sequencing , mutational signature , clonality |
【背景と目的】
発がんリスクの増加は放射線の晩発影響の一つであり、DNA損傷による体細胞突然変異の結果であると広く信じられているが、放射線による突然変異誘発のゲノムワイドな特徴や、その後の発がんの分子メカニズムは明らかにされていない。
著者らは、全身X線照射したマウスの長期造血幹細胞(LT-HSC)を用いて、単離したLT-HSCからin vitroで増殖させたクローン細胞集団の全ゲノムシークエンシング(WGS)を行い、体細胞突然変異の全スペクトルと頻度を明らかにした。
【主な結果】
オスのC57BL/6マウスに、3.8 Gyまたは7.5 GyのX線を8週齢で単照射、あるいは5週齢から8週齢まで1週間当たり1.9 Gyの4回に分けて総線量7.7 Gyとなるように照射し、16週齢で安楽死させてWGS解析を行なった。異なる体細胞変異が混じったバルク組織の配列を決定するだけでは放射線による変異だけを特定することは難しいため、単一細胞をin vitroで増殖させたクローン細胞集団でWGSを行い、生殖細胞系と比較し、クローン細胞集団にのみ見られる変異を特定した。また、全サンプルでの体細胞変異を正確に同定し、比較するために、カバレッジと品質カットオフに基づいて、有効全ゲノムカバレッジ(EWC)を定義し、全サンプルに共通するEWC領域を用いて同定した変異を体細胞変異とした。その結果、X線照射によるSingle Nucleotide Variant(SNV)、small insertion、small deletionの数に線量依存的な増加が見られた。
SNVで起こり得る6つの塩基置換のうち、非照射マウスではC>TおよびT>C変異が多く見られたが、X線照射により、C>AおよびT>Aの変異、並びに非CpG部位でのC>T変異が有意に増加した。これらの塩基置換はいずれも活性酸素種(ROS)によって誘導されるDNA塩基損傷を介した突然変異として知られている。さらに、96個のSBS変異プロファイルを作製し、COSMICのSingle Base Substitution(SBS)シグネチャーの相対的寄与割合を算出したところ、非照射マウスで見られるSBSシグネチャーは、年齢に相関するクロック様シグネチャーとして知られるSBS5(75%)とSBS1(25%)に起因していた。X線照射によりSBS5の寄与は著しく減少し、複数のがん種で突然変異に寄与しているが原因不明であるとされるSBS40に、線量依存的に取って代わられており、放射線被ばくとSBS40との強い関連性が示された。
Small deletionはrepeat deletion、non-repeat deletion、マイクロホモロジー欠失に分けられる。非照射マウスで自然発生したsmall deletionの99%はタンデムリピートのrepeat deletionであり、その70%は6-8塩基のA/Tホモポリマーの1塩基欠失であった。X線照射により、non-repeat deletion、5塩基以下のA/TまたはC/Gホモポリマーにおける1塩基欠失が特異的に誘導され、放射線の突然変異シグネチャーとして明らかになった。マイクロホモロジー欠失はマイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ)によって生成され、マイクロホモロジー欠失以外の欠失は非相同末端再結合(NHEJ)により生成される。マイクロホモロジー欠失はX線照射によって誘発されたが、頻度やスペクトルは線量とは関係せず、線量に関わらずX線照射によって誘発されるDNA二本鎖切断(DSB)にはNHEJとMMEJの両方の修復機構が常に関与していることが示唆された。
非照射マウスにおけるsmall insertionは5-23塩基のタンデムリピートで見られ、その約3分の1は5-16塩基のA/Tホモポリマーにおける1塩基挿入であった。X線照射により、non-repeat insertionの線量依存性は見られなかったが、repeat insertionは線量依存的に特異的に誘導された。
同じ対立遺伝子上の参照ゲノムで100塩基以内に生じた2つ以上の変化をマルチサイト変異として数えたところ、マルチサイト変異の数はX線照射によって有意に増加し、3.8 Gyの照射で7.8倍まで増加したが、線量には線形相関しなかった。マルチサイト変異のうち、2塩基置換(39%)、SBS+欠失(29%)、2つの非連続なSBS(23%)は他の変異よりも多く、放射線誘発性があった。マルチサイト変異内の塩基置換と欠失の総数は照射によって有意に増加し、塩基置換の傾向はSNVと同様にC>A、T>A変異と非CpG領域におけるC>T変異で、マルチサイト変異の生成においてもROSが大きく関わることを示唆している。
50塩基を超える塩基変化であるStructural Variants(SV)を同定したところ、全ゲノムにおいて49のユニークなSVが同定され、そのうち20がlarge deletion、13がlarge insertion、であった。Large deletionは大きなもので5Mbpに及び、large insertionは85%がレトロエレメントの挿入であった。レトロエレメントの挿入を除くユニークなSVのうち約半数はbreakpointに隣接するマイクロホモロジー配列を有しており、non-repeat deletionと同様にこれらのSVの生成にはNHEJとMMEJの両方が関与していることが示唆された。レトロエレメントの挿入は非照射マウスでも同定され、X線照射によっても有意に誘発されなかったため、レトロエレメントの挿入を除くSVの突然変異率を求めたところ、X線照射によって統計的に有意かつ線量依存的に増加した。
非照射または3.8 Gy照射マウスのLT-HSCでの体細胞変異はクローンごとにユニークで共通性はなかったが、7.5 Gyの単回照射と7.7 Gyの分割照射のマウスでは多くの変異が2つのクローンで共有されていた。これは放射線によってLT-HSCが大幅に減少し、生き残る一つの共通のLT-HSCから発生し、その後全血液造血系に著しいクロナリティをもたらすために体内で拡大したと仮定される。また、非照射ではほとんど同定されないnon-repeat deletionやマルチサイト変異が対になったクローンで共有されており、これらの変異が放射線に非常に特異的であることを示唆している。
【まとめ】
著者らの研究成果は、これまでの生殖細胞系の研究で同定されたものだけでなく、特にnon-repeat deletionとレトロエレメントの挿入以外の構造変異が高い放射線特異性を示した。
著者らはWGSによってマウスLT-HSCにおける体細胞突然変異の全スペクトルと頻度を明らかにし、それらの突然変異に対する全身X線照射の影響を解析した。これにより、突然変異の種類ごとのX線照射に対する感受性と特異性を明らかにし、電離放射線の突然変異シグネチャーを同定した。これらの知見により、慢性放射線障害、特に新生物発生の根本的な分子・細胞機構の理解が進むとともに、放射線障害のバイオマーカー同定に向けた取り組みが強化されるものと期待される。