日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

哺乳類細胞へのラドン曝露に関するインビトロ研究のための実験セットアップ-重要な概要-

論文標題 Experimental Setups for In Vitro Studies on Radon Exposure in Mammalian Cells-A Critical Overview
著者 Maier A, Bailey T, Hinrichs A, Lerchl S, Newman RT, Fournier C, Vandevoorde C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Int J Environ Res Public Health, 20(9): 5670, 2023
キーワード ラドン曝露 , ラドンチャンバー , 放射線生物学 , α線 , DNA損傷

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ラドンとその子孫核種は喫煙に次ぐ肺がんリスク因子として知られており,非喫煙者の主なリスク因子である。ラドンはα線を放出する気体であることから,そのリスク研究は主に疫学調査や動物実験により行われてきた。他方,生物学的メカニズムを解明するために,哺乳類細胞を用いた試験管内研究も行われてきたが,α線の飛程が短いことから,その実験系のセットアップには様々な問題があった。本総説では,過去数十年にわたって細胞実験用に開発され使用されてきた様々なラドン実験系のセットアップの概要や,線量評価,その影響評価などラドンを用いた細胞研究の最前線についてよくまとめられている。本稿では,主に実験系のセットアップの概要について紹介する。

ラドンとその子孫核種に曝露された哺乳類細胞の試験管内研究
ラドンとその短寿命子孫核種の細胞への影響を解明するために,様々な研究グループが特殊な実験装置を用いて試験管内で哺乳類細胞にラドンを曝露してきた。ラドンとその子孫核種により,α線,β線,γ線に曝露されることから実験にさらなる複雑さをもたらし,細胞の均一な被ばくが難しいだけでなく,線量測定も困難であった。その上,α粒子の飛程は空気中では数 cm,水中では数 μmと短いため,10~100 μmオーダーの哺乳類細胞に照射することは困難だった。そのため,あらかじめ培地にラドンを溶解させ,細胞のすぐ近くでα崩壊を起こす必要がある。しかし,培地へのラドンの溶解度は低いことが大きな問題であった。

接着性哺乳類細胞培養のためのラドン曝露セットアップ
ラドンはガス状であるため,作業者がラドンを曝露しないよう放射線防護に注意する必要があるとともに,実験は気密性の高いチャンバーやインキュベーターを使用する必要がある。例えば,曝露開始時にラドンを送り込むことができるチャンバーやインキュベーターが利用され,曝露期間中は温度・湿度・二酸化炭素濃度を調節する必要がある。細胞の乾燥を防ぐために培地を供給する必要があり,線量測定を行うためにはラドンや子孫核種と細胞が直接接触することが望ましい。このため,Transwell®(Corning Costar Corporation, Corning, New York, U.S.)プレートでラドン曝露を行い,培地の上にポリエステル膜を浮かべて細胞を増殖させることで可能となる。ある研究グループは,細胞上部の培地を完全に除去するか,または,細胞を播種した培養プレート内の培地量(750 μL)を最小限に抑え,最小限の拡散バリアーで細胞実験を実施した。また,別の研究グループでは,接着したヒト肺上皮細胞を低いラドン濃度(38 Bq/m^3)で長期間曝露させた。この実験では,インキュベーター内にラドン線源(花崗岩)を入れ,細胞は100 mm^3の培養プレートの中で蓋をしたままで最長4ヵ月半,培養する実験が行われた。

懸濁液中の哺乳類細胞へのラドン曝露セットアップ
接着細胞へのラドン曝露とは対照的に,多くの実験セットアップは懸濁液中の細胞に照射している。その際,培地中のラドンと子孫細胞を安定状態にするため,少なくとも4時間おいた。最初に,Jostesらはトリウム系列のBi-212を用いたα線曝露条件をセットアップした。ここで,安定核種のPb-208になるまでに,1つのα線が放出される。この実験系は,主にトロンの子孫核種の曝露のための実験系である。次に,同研究グループはラジウム線源を用い,フラスコ内で8分間ラドンガスを培地にバブリングし,定常状態に達した後,細胞を添加,低レベルのラドンとその子孫核種を細胞に3-19時間曝露した。これらの曝露条件は,ラドン濃度で示されていたり,線量率で示されていたり論文により異なっているので,個別の実験条件については本総説を参照していただきたい。これとは別に,本総説ではラドン曝露実験の類似体として,U-234,Pu-238,Pu-239,Am-241を使った細胞実験についても紹介されているが,本稿ではラドン曝露に着目して紹介しているため,割愛する。

これらの実験系を用い,今までにDNA損傷などラドン曝露によるリスクの解明のための様々な実験が行われてきた。他方,ラドンは疼痛関連疾患などの症状緩和を目的として利用されてきたが,その症状緩和のメカニズムはわからないことも多い。細胞へのラドン曝露は,そのメカニズムを解明する上で重要な実験手法となりうる。本総説は,その手がかりになる重要な情報提供となりうる。