日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA二本鎖切断修復阻害剤:YU238259、A12B4C3、DDRI-18はヒト卵巣がん細胞のシスプラチン耐性を克服するが、低酸素状態では克服できない

論文標題 DNA Double-Strand Break Repair Inhibitors: YU238259, A12B4C3 and DDRI-18 Overcome the Cisplatin Resistance in Human Ovarian Cancer Cells, but Not under Hypoxia Conditions
著者 Anna M, Izabela G, Tomasz P
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Curr Issues Mol Biol, 45(10): 7915-7932, 2023
キーワード DNA二本鎖切断(DSB)修復 , DSB修復阻害剤 , シスプラチン , 卵巣がん , 低酸素

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【背景・目的】
シスプラチン(CDDP)は卵巣がんの標準治療に用いられる抗がん剤である。しかし、CDDPに対する卵巣がんの耐性は、その後の再発に深く関与する。この耐性を克服する戦略として、CDDPとエトポシド(VP-16)の併用療法があるが、必ずしも有効ではない。本論文ではCDDPとVP-16に加え、DNA二本鎖切断(DSB)の修復阻害剤を用いることによる、CDDP耐性卵巣がんの新しい治療法について紹介をしている。DSB修復阻害剤として相同組換え修復(HRR)阻害剤であるYU238259、非相同末端結合(NHEJ)阻害剤であるDDRI-18とA12B4C3を使用した。さらに腫瘍環境を模擬した低酸素環境下での新しい薬剤併用治療についても検討した。

【結果】
1. DSB修復阻害剤による前処理は、有酸素状態の卵巣がん細胞でのCDDP/VP-16併用療法の細胞毒性効果を増強する。
シスプラチン感受性株であるPEA1とシスプラチン耐性株であるPEA2のCDDP/VP-16併用療法に対する細胞増殖能を調べ、さらにDSB修復阻害剤添加による効果を調べた。それぞれの薬剤単独処理において、投与量の増加に伴い細胞増殖抑制効果がみられた。さらにHRR阻害剤を加えた薬剤併用(CDDP/VP-16/YU238259)ではPEA1とPEA2の増殖抑制効果は強くなり、NHEJ阻害剤を加えた併用療法(CDDP/VP-16/DDRI-18)または(CDDP/VP-16/A12B4C3)では一層強い抑制効果が観察された。

2. 有酸素状態でCDDP/VP-16を投与した卵巣がん細胞において、DSB修復阻害剤による前処理はDNA損傷レベルの上昇とγH2AXの蓄積を引き起こす。
DSB修復阻害剤をCDDP/VP-16併用療法に取り入れると、コメットアッセイによってDNA損傷レベルが有意に増加することがわかった(5~10%)。γH2AXを指標としたDSBも有意に増加した。関連して、細胞周期がG2/M期に変化することも明らかになった(7~9%)。CDDP/VP-16併用療法では、カスパーゼ3および7の活性が2倍以上増加することが観察され、さらに、DSB修復阻害剤を加えると、特にCDDP耐性卵巣がん細胞において、カスパーゼ3および7の活性度が有意に増加した(シスプラチン感受性株では2倍以上の増加であり、シスプラチン耐性株では10倍以上の増加)。

3. DSB修復阻害剤による前処理は、低酸素状態での卵巣がん細胞におけるCDDP/VP-16併用療法の細胞毒性効果を増強しない。
低酸素環境下で活性化される低酸素応答誘導因子(Hypoxia-Inducible Factor)の一種であるHIF-1αの発現が2倍になる低酸素環境下では、DSB修復阻害剤をCDDP/VP-16併用療法と組み合わせても、細胞増殖の抑制、DNA損傷の増加や修復能の抑制、細胞周期の変化にはほとんど効果を示さなかった。シスプラチン耐性株ではDSB修復阻害剤によるカスパーゼ3および7の活性は3倍以上に増加したが、シスプラチン感受性株では活性レベルの変化は無かった。

4. 低酸素状態における遺伝子発現
低酸素条件下でのDNA損傷応答遺伝子のトランスクリプトーム解析によると、有酸素環境下のシスプラチン感受性株ではDNA損傷修復経路、ATM/ATRシグナル伝達経路、アポトーシス経路に関与する多くの遺伝子発現レベルの低下が観察された。シスプラチン耐性株では、さらに多くの遺伝子発現レベルの低下が観察された。一方、低酸素環境下では感受性株の遺伝子発現レベルの変化量は、有酸素環境下と比べて小さく、CDDP/VP-16併用療法に対するDSB修復阻害剤の作用が大きく異なることがわかった。

【まとめ】
ヒト卵巣がんの治療において、CDDP/VP-16併用療法に加え、NHEJとHRRそれぞれを標的としたDSB修復阻害剤を用いることで、シスプラチン耐性を克服することを明らかにした。しかし、ヒト卵巣がんには低酸素領域が存在し、低酸素状態ではCDDP/VP-16併用療法にDSB修復阻害剤を加えた効果は見られなかった。低酸素状態のシスプラチン耐性卵巣がん細胞を克服するためには、さらなるアプローチが必要となる。